昨日の夕食(小説現代ショートショートコンテスト没作)

 ある老夫婦が、夕食を食べていた。

「おじいさん。昨日の夕食は何だったか覚えていますか?」

「えーと……ご飯と味噌汁と……あと何じゃったっけ?」

「肉じゃがとさんまの塩焼きですよ。あなた最近、記憶力が落ちてきてるんじゃないですか?」

「まだまだそんな年じゃない。ど忘れしただけじゃ」

「それなら、明日の夕食の時にまた今日の夕食の献立を聞きますから、今度こそちゃんと答えてくださいね」

「ああ、いいとも」

(わしを年寄り扱いしよって。えーと、今日の夕食は、ご飯と味噌汁と、あっ、味噌汁の具まで覚えておいた方がいいかな。しじみの味噌汁と、ほうれん草のおひたしと、豚肉の生姜焼きじゃな。明日こそ完璧に答えてやるぞい)

 おじいさんはこの日就寝するまで、今日の夕食の献立を呪文のように心の中で繰り返した。

(ゴハンシジミノミソシルホウレンソウノオヒタシブタニクノショウガヤキゴハンシジミノミソシルホウレンソウノオヒタシブタニクノショウガヤキ……)

 翌朝、おじいさんは目覚めるや否な、昨日の夕食の献立を繰り返した。

(ゴハンシジミノミソシルホウレンソウノオヒタシブタニクノショウガヤキゴハンシジミノミソシルホウレンソウノオヒタシブタニクノショウガヤキ……)

 その後もおじいさんは、朝食を食べている時も、犬の散歩をさせている時も、昼食を食べている時も、テレビを見ている時も、常に昨日の夕食の献立を繰り返していた。

(ゴハンシジミノミソシルホウレンソウノオヒタシブタニクノショウガヤキゴハンシジミノミソシルホウレンソウノオヒタシブタニクノショウガヤキ……)

 そしてついに、夕食の時がきた。

「おじいさん。昨日の夕食は何だったか覚えていますか?」

「ご飯としじみの味噌汁とほうれん草のおひたしと豚肉のしょうが焼きじゃろ」

「おじいさん。お見事です」

「このくらい当然じゃ」

「ところで、今日の朝食と昼食は何だったか覚えていますか?」

「えーと……」