カーナビ(小説現代ショートショートコンテスト没作)

「大通りの丸ビルまでお願いします」

「はい。かしこまりました」

 その初老のタクシー運転手は、慣れない手つきでカーナビに目的地を入力していた。早く車出してくれないかな。メーター回っちゃうよ。おっ、やっと動き出したか。

 最初こそイライラしてしまったが、タクシーは一度も信号に捕まることなく、あっという間に目的地へと到着した。

「お疲れ様でした。九八〇円です」

「何度かここでタクシー乗ってるけど、こんなに早く着いたのは初めてですよ」

「実はねお客さん。それはこのカーナビのおかげなんです」

 運転手の話によると、そのカーナビは目的地までの最短ルートのみならず、道の混み状況や信号機の色が変わるタイミングまで把握しているらしく、無駄のないスムーズな道案内をしてくれるそうだ。

「いいですねそのカーナビ。うちの車にもつけてみようかな」

「ぜひ買ってみてください。オススメですよ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「弊社のカーナビはいかがでしたか?」

「このカーナビは本当にすごいね。うちの車にもつけたいと言ってくるお客さんがいっぱいいましたよ」

「本当ですか。宣伝のため、無料でカーナビを提供させていただいた甲斐がありました。ありがとうございます」

「お礼を言ってもらったそばから言いづらいんだけど、やっぱりこのカーナビはお返しします」

「あのー、何かご不便な点でもございましたか?」

「このカーナビつけてから、売上が落ちてるんですよ。もっと遠回りしてくれるカーナビはないですかねえ?」