ストーカー(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【落とし物】没作)

 絹のように滑らかな肌。キラキラと透き通った瞳。まっすぐ鼻筋の通った鼻。ぷっくりとセクシーな唇。男性が彼女を見れば、思わず見とれてしまうだろうし、女性が彼女を見れば、その美貌に憧れ、彼女のようになりたいと願うであろう。

 そんな美しい彼女は、普通に道を歩いているだけで男にこっそりと後をつけられることが度々あった。美人過ぎるが故、彼女に一目惚れした男達が次々とストーカーと化してしまうのだ。

 彼女はストーカー対策として、常に運動靴を履いていつでも走って逃げられるように準備し、最悪襲われた場合も想定して、上着の内ポケットには常にスタンガンを忍ばせていた。

 ある日の仕事帰りの夜道。彼女の後ろには今日も、ストーカーらしき人がついてきていた。しかしストーカー、今までのストーカーとは違い、いきなり小走りで彼女を追いかけ始めた。

 彼女は身の危険を感じ、全速力で走りだした。それでもストーカーは、諦めずに彼女を追いかけてくる。彼女は警察に連絡をしようとしたが、あいにく携帯の充電が切れていた。こうなったら何とか家まで逃げ切るしかない。

 彼女はどうにか自分のアパートの前までたどり着き、鍵を取り出そうと慌てて上着の胸ポケットに手を伸ばした。

(あれ、鍵がない。どこにいったのよこんな時に……)

 ストーカーはすぐそこまで迫っていた。助けを呼ぶため大声を出そうとしたが、恐怖で声にならない。

(こうなったら、もうこれを使うしかないわ)

 彼女は上着の内ポケットからスタンガンを取り出すと、ストーカーの体目がけて突き出した。

「ビリリリリ」

 スタンガンの放電音が鳴り響く中、男は気絶して前のめりに倒れ込んだ。

(やばい、やり過ぎちゃったかしら。とりあえず救急車と警察呼ばなきゃって、そうだ携帯の充電切れてるんだったわ。早く家にある充電機で充電しないとって、そうだ鍵がないんだったわ。どこにいっちゃったのよこんな時に……)

 彼女は大慌てで鞄や上着のポケットなどを一通り探してみたが、一向に鍵は見つからない。途方に暮れていたその時、倒れているストーカーの右手の隙間に、なにやらキラリと光る物が見えた。

(これって……やっぱり私の鍵だわ。じゃあもしかしてこの人、私が落とした鍵を拾ってくれて返そうとしていただけなんじゃ……私ったらなんてことをしてしまったんだろう。このままじゃ私、捕まっちゃうわ。どうしようかしら……)

 男が目を覚ますと、そこは病室だった。そして周りには、数人の警官達の姿が。

「おい、やっと起きたかこのストーカー野郎」

「あんな美人をよくも襲いやがって。覚悟しておけよ」

 男は訳がわからず困惑した。

「あのー何の話ですか?」

「この野郎とぼけやがって。お前があの美人をストーカーしたんだろ」

「美人をストーカー? ああ思い出した。仕事帰りに前を歩いていた女性が鍵を落としたんですよ。それを拾って返してあげようとしたら、突然女性が走り出したんでこっちも必死に追いかけて。やっと追いついたと思ったところで突然目の前が真っ暗になって……」

「つまり、鍵を返そうとしただけだと。とっさにしてはなかなかうまい嘘をついたな」

「嘘じゃないですよ。信じてください。そうだ、彼女の鍵の指紋を調べてみてくださいよ。僕の指紋が出てくるはずですから」

「そこまで言うのなら調べてやろう。まあどうせ、でたらめだろうがな」

 翌日。

「彼女の鍵の指紋を調べた結果、彼女の指紋一種類しか検出されなかったようだ」

「そんなはずないですよ」

「往生際が悪いぞ。だいたい彼女も鍵は落としてないと言っているんだ。あんな美人が嘘をつく訳がないだろ」

 こうして、男はストーカーの容疑で逮捕された。

 綺麗なバラには、棘がある。