白い影(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【影(陰)】没作)

「山田さん。誰かご家族の方はおりますでしょうか?」

「いえ。両親はもう他界していますし、妻も子供もいません」

「そうですか……山田さん。落ち着いて聞いてくださいね。山田さんの診断結果は、肺癌です」

「えっ! 嘘ですよね?」

「嘘ではありません。こちらのレントゲンをご覧ください。この白い影が癌です。山田さんの肺癌はステージⅡと言いまして、このままにしておきますと、ステージⅢまで進んでしまい、外科手術が難しくなってしまいます。私としましては、今の内に急いで手術することをおすすめします。あの、山田さん。大丈夫ですか?」

「……先生。実は私、昔から霊感がかなり強いんですよ」

「は、はあ……」

「それで、よく撮れちゃうんですよね。心霊写真」

「あのー、どうされたんですか急に?」

「なので、このレントゲンに写っている白い影は幽霊だと思いますよ」

「山田さん。いきなり癌を宣告されて動揺される気持ちは察しますが、確かにこの白い影は癌なんです」

「ですから、私は霊感が強いんですって。この白い影は幽霊ですよ」

「山田さん。私は医者になって三十年以上経ちますが、レントゲンに幽霊が写ったことなんて一度もありません。ですから、この白い影は間違いなく癌です」

「それを言うなら先生。私は今年で六十になりますが、癌になったことなんて一度もありませんよ。ですから、この白い影は間違いなく幽霊ですよ」

「山田さん。いい加減にしてください。このままにしておいたら、手遅れになりますよ」

「先生の方こそいい加減にしてくださいよ。やっぱりお医者さんのような勉強のできる頭の良い方は、非科学的なことは頭ごなしに否定したがるようですね。でもね先生。幽霊は確かにこの世に存在するんですよ。何なら、私の持っている心霊写真でもお見せしましょうか?」

「いいえ結構です。レントゲンに写った白い影を幽霊だなんていちいち疑っていたら、仕事になりませんから」

「先生。頭が固いですよ。もしかしたら今までにも、幽霊が写っていただけの患者さんを、間違って癌だと宣告してきたんじゃないですか?」

「山田さん。もういいです。信用していただけないのなら仕方がありません。ただし、すぐにでもセカンドオピニオンをしてくださいね。でないと完全に手遅れになりますから」

「その必要はありませんよ。私には聞こえるのです。守護霊様からの、大丈夫だという声が」

「山田さん。目を覚ましてください。幽霊なんてこの世には存在しませんし、山田さんはステージⅡの肺癌なんです」

「目を覚ましていただきたいのは先生の方ですよ。何度も私の霊感が強いことを説明してあげているというのに。仕方がありませんね。私はもう帰りますよ」

「長年医者をやってきましたが、山田さんのような困った患者さんに会うのは初めてです。一晩頭を冷やしたら、うちの病院じゃなくてもいいですから、必ず診断を受けてくださいね」

「先生もしつこいなあ。私の守護霊様のこの声が聞こえないんですか?」

「……」

「ね。大丈夫だって聞こえたでしょ。それでは先生、さようなら」

「ちょっと山田さん! ああ、行っちゃったか」

「先生、次の患者さんをお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む」

「先生、今日もお疲れ様でした」

「ああお疲れ。それにしても、山田さんには参ったよ。いくら癌宣告されたからって、あれはないだろ。肺の前に頭のレントゲンでも撮っておくべきだったかな」

「ちょっと先生。患者さんの陰口は良くないですよ」

「すまんすまん」

 その後、山田さんがどうなったかは、誰も知らない。