隣人を愛せよ(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【隣人】没作)

「今週の土曜日の夜に古い友人の家に遊び行こうと思うんだけど、いいかな?」

「帰りはどうするの?」

「多分飲むと思うから、向こうの家に泊めてもらって、朝一に車で帰るよ。礼拝の時間には間に合うようにするから」

「でも大丈夫なの? よりによって教会が一番忙しい日曜日の前の晩に」

「予定が合う日がそこしかなかったんだよ。毎日仕事が忙しいらしくてさ」

「そうなの。ならしょうがないわね。どうぞ楽しんでらしてください。でも、飲み過ぎには気をつけてくださいね。一晩寝ただけじゃお酒って完全に抜けないらしいから。牧師が飲酒運転で捕まったりでもしたら、洒落にならないわよ」

「そうだな。気をつけるよ。それじゃあそろそろ、寝る前のお祈りとしようか」

「そうね」

 教会に飾られた大きなマリア像の前で、牧師とその妻は祈りを捧げていた。

(お隣さんとの浮気がばれませんように)

 

 それはつい先日の出来事だった。

 教会の隣に引っ越してきた若い夫婦があいさつをしてきたその瞬間、牧師はその奥さんに一目惚れしてしまった。その夫婦はクリスチャンだそうで、明日から毎週教会にくるという。

 翌日、牧師は礼拝の最中にもかかわらず、彼女の事ばかりを見つめていた。大きな瞳、鼻筋の通った綺麗な鼻、ぷっくりとしたセクシーな唇、つやつやの肌。魅惑的な彼女の姿が、牧師の心を捉えて離さない。

 朝の礼拝が終わった直後、彼女は牧師の元にやってきた。じろじろ見ていたのがばれたかと、牧師は焦っていた。

「牧師さん、ちょっとご相談したい事があるのですが、二人でお話出来ませんか?」

「え、ええ。大丈夫ですよ」

 牧師は奥の個室に彼女を案内すると、彼女は口を開いた。

「牧師さん。実は私、夫以外の男性を好きになってしまったようなんです。頭の中ではいけない事だと分かっているのですが」

 なんて事だ。まさかこんな相談をされるとは。牧師は困惑しながらも、彼女の相談にのる。

「ちなみにですが、その男性はどのような方なんですか?」

「それが、つい最近知り合ったばかりでして。いわゆる、一目惚れというやつです」

「あなたのような美しい方でも、一目惚れなんてする事があるのですね。一目惚れされる事は多々あるでしょうが」

「そんな、美しいだなんて」

 彼女は伏し目がちに頬を赤らめる。

「こんな事を牧師である私が言うべきではないのかもしれませんが、人の感情というものは、例え神の力をもってしても抑えられないものです。あなたがどうしてもその方を諦め切れないというのなら、私に止める事など出来ません」

 牧師がそう言い終わるや否や、彼女は突然、牧師の胸に飛び込んだ。

「あ、あの……これは一体」

「牧師さんが言ったんですからね」

 この後、牧師と彼女は連絡先を交換し、土曜日の夜、ホテルで会う約束をした。

 

 そして、土曜日の夜。

「いいんですか? 牧師さんがお隣の奥さんと不倫だなんて」

「いいんですよ。キリスト様だって言ってるじゃないですか。隣人を愛せよってね」

「その隣人はそういう意味じゃないですよ」

「冗談ですよ。それより、旦那さんにはバレてないですか?」

「大丈夫です。友達の家に泊まってくるって言ってありますから。牧師さんこそ大丈夫ですか?」

「偶然ですね。私も妻に同じことを言ってきましたよ。これも神のお導きかな」

「もう、牧師さんったら」

 

 一方その頃。教会では、牧師の奥さんと隣の旦那が密会をしていた。

「いいのかい? こんな神聖な場所で隣の旦那と不倫だなんて」

「いいのよ。キリスト様だって言ってるじゃないの。隣人を愛せよってね」