主人との日常(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【リモコン】没作)

 午前八時。朝食の準備が整ったので、主人を起こしに行った。

「あなた、ご飯よ」

「うるせえなー休日なんだからもっと寝かせろよ」

 休日は朝の八時に朝食を用意するようにと自分で頼んでおきながら、なんて酷い言い草なのでしょう。でも主人に逆らえない私は、黙って言う通りにした。

 午前十時。二度寝を終えた主人が起きてきた。

「おい、早く飯用意しろ」 

 私は味噌汁を温め直しながら、冷蔵庫に閉まって置いたほうれん草のお浸しと納豆と漬物を取り出してラップを外す。炊飯器に保温しておいたご飯と、十分に温まったお味噌汁を盛り付けて主人の元へと運ぶ。

 主人は『いただきます』とも『おいしい』とも『まずい』とも言わず、ただ黙ってスマホの画面を見ながら朝食を食べ進める。そして食べ終わると『ごちそうさま』とも言わず食器を流しまで運ぶこともなく、ソファーへと直行し横になりながらスマホと睨めっこを続けている。

 私は文句の一つも言わず主人の食器を洗い終えると、洗濯機を回し、部屋中に掃除機をかける。掃除が終わった後は、洗濯物を取り込んで庭の物干し竿に干す。

 その間主人は、相変わらずソファーに横になりながらスマホと睨めっこを続けていた。

「あなた、昼食は何が食べたい?」 

「焼きそばでいいよ」

『焼きそばでいいって何その言い方! 調子に乗ってんじゃないわよ!』そんな言葉が喉元まで出かかったけど、主人に逆らう訳にもいかず、私は黙って焼きそばの調理に取りかかった。

 午後一時。

「焼きそばできたわよ」

 主人は気だるそうにソファーから起き上がると、朝食の時と同様、『いただきます』とも『おいしい』とも『まずい』とも言わず、ただ黙ってスマホの画面を見ながら昼食を食べ進める。そして食べ終わると『ごちそうさま』とも言わず食器を流しまで運ぶこともなく、ソファーへと直行してまた横になると、今度は昼寝を始めた。

 私は文句の一つも言わず主人の食器を洗い終えると、庭の草むしりやら買い物やらを済ませ、主人の晩酌の準備を始める。

 午後6時。私はテレビを付けるとBSの巨人戦のチャンネルに合わせてから主人を起こす。

「あなた、野球始まるわよ」

 長い昼寝から目覚めた主人は、前のめりになりながら野球観戦を始めた。

 午後六時十分。塩ゆでした枝豆と鶏の唐揚げを持っていき、グラスにビールを注ぐ。そんな私には目もくれず、主人は野球中継に夢中だ。

 午後七時九分。ビールとおつまみがなくなった頃合いを見計らって、今度は冷奴と茄子の煮浸しを用意して、新しいグラスに日本酒を注ぐ。

 午後九時三分。

「くそ、また負けた。これで十連敗かよ。坂本は責任とって監督解任しろ!」

 主人が怒ってる。巨人が負けるといつもこう。私はイラつく主人の声にびくびくしながら、晩酌の跡片付けを始めた。

 午後十時。

「おーい」

 私を呼ぶ主人の声が聞こえてきた。明日の朝食の下ごしらえをしていた手を止めて、主人の元に向かうと、

「そこのリモコン取ってくれ」

 の一言。ちなみにそのリモコンは、夫が横になっているソファーの目の前にあるテーブルに置かれている。
『そんなもん自分で取りなさいよ!』そんな言葉が喉元まで出かかったけど、所詮私は夫にリモートコントールされるだけの分際なのだと自分に言い聞かせて、満面の笑みを必死に取り繕いながら主人にリモコンを手渡した。 

 主人は『ありがとう』の一言すらないまま黙ってリモコンを受け取ると、今流行りのドラマ『社長半沢直樹』を見始めた。

 午後十一時。ドラマを見終わってそのままソファーで眠ってしまった主人を両腕で抱えると、二階にある寝室のベッドまで運んだ。

 ここ数か月、主人は私を抱いてくれない。いくら私が子供のできない体だとはいえ、女として見てくれなくなったのは本当に寂しい。昔は毎晩求めてくれたのに。

 私は出るはずのない涙を心の中で拭いながら腰に付いているコンセントプラグを充電器に差し込むと、優しかった頃の主人との思い出に耽りながら、長い夜が明けるのを待った。