霧時計(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【時計】没作)
朝目覚めると、時計の針が九時を指していた。やばい、遅刻だ。急いで身支度を整え、最寄駅へとダッシュした。
駅に着いたのと入れ違いで、乗る予定の電車は出発してしまった。次の電車までは、後三〇分もある。待ち合わせ時間に遅れることは、火を見るよりも明らかだ。
『悪い。三〇分くらい遅れそう』
真弓にそうメールを送ると、すぐに返信がきた。
『また遅刻? 私、時間にルーズな人って嫌いなの。今日のデートはもういいわ。私一人で行くから。じゃあね』
これは相当怒っているな。ちゃんと謝らないとまずいぞ。俺は慌てて謝罪メールを送った
『本当にゴメン。これからは遅刻しないように気を付けるから、どうか許してください』
数日前。
「今度の週末、霧時計見に行こうよ」
「霧時計?」
「雄介知らないの? 山の森公園に霧時計ができたって、最近話題になってるじゃない」
「どんな時計なの?」
「文字通り、霧でできた時計なんですって。ねえ雄介、行こうよ」
こんな訳で俺と真弓は、山の森公園へ霧時計を見に行くことになったのだ。それがまさか、こんなことになるだなんて……。
真弓からの返信がこないまま、電車がやってきた。真弓の奴、メールでは一人で行くとか言っていたけど、もしかしたら、まだ俺のことを待ってくれているかもしれない。そんな淡い期待を寄せながら、俺は電車に乗り込んだ。
それにしても、真弓は時間に厳し過ぎる。三〇分遅れるってだけで、あんなに怒ることはないだろう。一体何をそんなに焦っているんだか。もっと大らかになれないものかねえ。
そんなことを考えている内に、電車は山の森公園の最寄り駅に到着した。
この駅で待ち合わせをしていたのだが、真弓の姿は見えない。ああ、やっぱり怒って一人で行っちゃったか。仕方がない。せっかくここまできたんだし、俺も一人で霧時計を見に行くか。
この駅から山の森公園までは、歩いて数分の距離だ。この駅で降りた人のほとんどが、山の森公園へ向かって歩いている。真弓の言う通り、かなり人気のスポットのようだ。
山の森公園の入り口には、案の定、長蛇の列ができていた。最後尾にいる高校生カップルの後ろに並ぶと、俺のすぐ後ろに大学生くらいのカップルが並んできた。
居心地の悪さを覚えながらも、列はゆっくりと公園の中へ進んでいった。
一時間近く経っただろうか。ようやく霧時計のある広場までたどり着いた。
そこには、高さ一〇メートル程の白い霧が立ち上っており、どうやらこれが霧時計らしい。今はまだ霧時計の横側にいるため、時刻はよく見えない。列が霧時計の正面にくるまで、もう少しの辛抱だ。
ついに霧時計の正面までたどり着いた。しかし、そこで待っていたものは、薄っすらと二本の細長いぐにゃぐにゃの空白があるだけの、白い霧であった。これが短針と長針ってことなのかな? 時刻は恐らく、十一時か十二時くらいを刺していると思われる。
それにしても、こんなものを見るために長時間待たされたのかと思うと、腹が立ってきた。隣に真弓がいれば、愚痴をこぼし合ったりして憂さを晴らせたかもしれないが、その相手もいない今の俺の腹は、完全に煮えくりかえっていた。
なんでこんなくだらない時計を見るために、こんなにも多くの人が集まっているんだ?
理解に苦しむ。そもそも、こんな時計がなければ、俺が真弓を怒らせることもなかったんだ。
いや、ちょっと待てよ。もしも世界中の時計が、この霧時計のような曖昧な時刻表示になっていたとしたら、人類はもっと時間に寛容になっていたのかもしれない。つまり、この霧時計は、時間に支配され過ぎている現代人達への警告のために作られたのではないのだろうか?
そんなことを考えている内に、俺は公園の出口まできていた。そしてそこには、真弓の姿があった。
「公園で雄介を見かけたから、ここで待ってたの」
「真弓、今日は遅刻してごめんな」
「今日霧時計を見た雄介なら、きっと心から反省してくれたわよね」
「えっ? どういうこと?」
「霧時計はね、正確に時を刻む時計の大切さを伝えるために、あえて時間表示が見えづらく作られているのよ。だから、これからは反省して、ちゃんと時間を守ってね」
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