母の日の贈り物(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【贈り物】没作)
「お届け物でーす」
宅急便のお兄さんは、ピンクと白のストライプ柄の箱を片手に抱えていた。
箱を受け取ると、その軽さに驚いた。もしかして、何も入っていないのかな?
そっと箱の蓋を開けると、中にはポツンと一枚だけ、手紙が入れられていた。
誰がこんな贈り物を? そう疑問に思いながらも、その手紙を読み始めた。
『もうすぐ母の日ですね。お母さんはエルメスのバッグが欲しいな。この箱に入れて贈ってね。それじゃあ楽しみにしてまーす』
全く、お母さんたら。しょうがないわね。たまには親孝行でもするか。
母の日当日、お母さんから電話がきた。
「母の日のプレゼント届いたわよ。ありがとね」
「うん」
「それにしてもびっくりしたわ。母の日のプレゼントなんて、社会人になってからは初めてなんじゃない?」
「え? いやいや。自分でプレゼント催促したくせに何言ってんの?」
「え? 催促って何の話よ」
「もう、とぼけちゃって。まあいいわ。エルメスのバッグ、大事に使ってね」
「バッグもいいけど、そろそろ旦那さんも連れてきなさいよ」
「もう、またその話。ほっといてよ!」
「で……」
ついカッとなって、途中で電話を切ってしまった。お母さんたら、こんな時まで結婚結婚って。ホントうざい。私に良い人が出来ないのはね、お母さんの娘だからよ。
私にはお父さんがいない。小さい頃、何度かお母さんにお父さんのことを聞いた事があったけど、いつも決まってはぐらかされるため、いつしかその事には触れないようになっていた。
まあ、娘に話せないくらいひどい父親だったという事だけは、なんとかく想像がついた。
母の日から数週間後。
「お届け物でーす」
宅急便のお兄さんは、黒と白のストライプ柄の箱を片手に抱えていた。
箱を受け取ると、その軽さに驚いた。あれ? 前にも確かこんな事があった気がする。そうだ。母の日のあれだ。でももう母の日は終わったし、何だろう?
箱の蓋を開けると、中には前と同じように、ポツンと一枚だけ、手紙が入れられていた。
もしかして、来年の母の日のプレゼントの催促? そんな事を考えながら、私はその手紙を読み始めた。
『もうすぐ父の日ですね。お父さんはグッチの財布が欲しいな。この箱に入れて贈ってね。楽しみにしてまーす』
どういう事? 私にはお父さんなんていないのに。もしかして、お母さんのイタズラ?
けど変ね。なんでわざわざこんな事を?
とりあえず、お母さんに電話してみるか。
「もしもし」
「もしもしお母さん。なんか父の日のプレゼントを催促する手紙と箱が届いたんだけど、これってお母さんの仕業?」
「何の話? 知らないわよそんなの」
「でも、この前お母さんが母の日にやったのと同じやり口よ。正直に言ってよ。何でこんな事したの?」
「だから知らないって。そもそもお母さんが母の日にやったのって何の話よ」
この後何度もお母さんを問い詰めたけど、今回の父の日の件も、そしてこの前の母の日の件も、お母さんは何も知らないという。
それじゃあ一体、誰がこんな手の込んだイタズラをしたというのだろうか?
「いやーうまくいきましたよ。前年比の二倍の売上です。ありがとうございました」
「いえいえ」
「来年もよろしくお願いしますね」
「はい、かしこまりました」
我ながら面白い商売を思いついたものだ。この調子で提携企業を増やしていけば、もっと稼げるぞ。最初はうまくいくかどうか不安だったが、こんなにも親孝行な若者が多いとは。嬉しい誤算だったな。
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