五千円札彼氏(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【隣人】没作)

「ねえ美香、先月の女子会で話してた新しい彼氏とはうまくいってる? 何か不満とかない?」

「何もないわよ」

「つまんないの。せっかくの女二人っきりの月一女子会なんだしさ、なんか愚痴でも言いなさいよ」

「だって本当にないんだもん」

「ラインの返信が遅いとかさ」

「マメな人だからすぐ返してくれるわ」

「ご飯おごってくれないとかさ」

「毎回ご馳走してくれるわ。たまに私が出そうとしても止められちゃうの」

「じゃあエッチが下手だとか」

「もう、飲み過ぎよ理恵」

「何か一個くらいあるでしょ。そんな完璧な男なんているわけないじゃん」

「うーん……不満って訳じゃないけど、気になることはあるかな」

「おっ、何だあるんじゃん。ほらほら言っちゃいなさいよ」

「彼ね、お金使う時いっつも五千円札で払うの」

「五千円札?」

「例えばこの前彼と映画見に行った時にね、彼、二人分のチケット代二二〇〇円を五千円札で払ったの」

「別に普通じゃない?」

「おかしいのはその後よ。次にジュースとポップコーンを買ってくれたんだけど、ちょうど合計で千円だったのに、また五千円札で払ったのよ」

「それはおかしいわね。おつりでもらった千円札があるはずなのに」

「でしょ。その日に限らずだけど、千円以下のちょっとした買い物でも絶対に五千円札を使うのよ彼」

「でもそんなに使ってたらすぐなくなりそうよね」

「前にこっそり彼の財布の中を覗いたんだけどね、五千円のピン札がぎっしり入ってたのよ。だから多分銀行とかで両替してもらってるんじゃないかしら」

「あっ! 私その謎解けちゃったかも」

「えっ? 何々教えてよ」

「ずばり、美香の彼氏は五千円札の偽札を作ってるのよ」

「もう、理恵完全に酔ってるでしょ」

「前にテレビでやってたのよ。ほら、お札の肖像画って髭を生やしてる人が多いでしょ。あれって偽札防止のためらしいのよ。だけど、五千円札の肖像画って樋口一葉でしょ。女性で髭がないから偽札を作るのに一番向いてるのよ」

「だからっていくら何でもそれはないわよ」

「ほら、さっき美香話してたでしょ。彼氏がいつも絶対におごってくれるって。金払いがいいのも当然だわ。だって偽札作ってるんだから」

「もう、そんなに力説されたら私まで彼が偽札作ってるように思えてきたわ。今度彼と会う時にちゃんと理由聞いてみるわね」

 一ヶ月後。

「ねえ美香、偽札彼氏とはその後どうなの?」

「やめてよその言い方。結論から言うと、偽札は作ってなかったわよ」

「なーんだ。つまんないの。それで、理由は何だったの?」

「彼ね、二千円札が欲しかったんだって」

「二千円札? ああ、何か昔そんなのがあったって聞いたことある気がする」

「かなり昔に製造中止になったんだけど、今でも一応流通はしてるらしいのね。そのレアな二千円札をどうしても手に入れたいらしくて、わざと二千円以上のおつりがくるように五千円札で買い物するようにしてたんだってさ」

「なるほど。そんな理由だったんだ。それで彼、二千円札は手に入れられたの?」

「それがまだ一枚もないんだって」

「でもさ、まだ流通してるんだったら銀行で頼めばもらえるんじゃないの」

「あっ、言われてみればそうね」

「じゃあさ、こっそり銀行で二千円札をもらって彼にプレゼントしてあげたら?」

「いいわね。来月彼誕生日なのよ。その時にプレゼントしてあげよっと」

 一ヶ月後。

「ねえ美香、二千円札彼氏とは最近どうなの?」

「それがさ、別れちゃったの」

「えっ! どうしたの急に。もしかして本当に偽札作ってたとか?」

「彼の誕生日にね、銀行でもらった二千円札をプレゼントしてあげてたら、突然キレられてさ。『自分の力で手に入れなきゃ意味ねえんだよ!』だってさ。それでケンカになっちゃって。男ってホント馬鹿よね」