風鈴火山(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【風鈴】没作)
風鈴作りは、熱さとの戦いだ。
風鈴作りに使う炉の温度は、約一三〇〇度にも及ぶ。そのため、作業中の風鈴職人は、この灼熱地獄との戦いを余儀なくされる。
都内某所にある、歴史ある風鈴工場。この工場は、代々上田家が経営しており、現在は、父親で社長の上田清、長男の一郎、次男の次郎、三男の三郎の四人が職人として働いていた。
この工場では、職人達が汗一つ流さず、涼しい顔で仕事をしている。その理由が、工場内の天井に吊るされている、火山風鈴だ。
この火山風鈴、見た目は何の変哲もない無地の風鈴なのだが、その製造方法に特徴がある。風鈴火山と呼ばれる、標高一〇〇〇メートル程の火山の頂上にある特別な火口で作られた風鈴が、この火山風鈴なのだ。
火山風鈴の音色には、聴いた人の体を物理的に冷やす効果があり、その効果は火山の熱気にも耐えられると言われる程だ。
ただし、その効果は三〇年という期限付きで、その期限が過ぎた瞬間、火山風鈴は粉々に割れてしまうのだ。
現在使っている火山風鈴は、父親の清が三〇歳の誕生日に作った物であるため、来月に迫る清の還暦とともに使えなくなってしまう。
そこで清は、子供達を集め、話し始めた。
「俺の還暦の日いっぱいで、今使っている火山風鈴が使えなくなる。そこで、お前達兄弟の誰かに、新しい火山風鈴を作りに行ってもらおうと思う」
「親父、ここは長男の俺に行かせてくれ」
「いや親父、風鈴作りの腕は次男の俺が一番だ。だから俺に行かせてくれ」
「まあその前に俺の話を最後まで聞いてくれ。火山風鈴作りはな、命懸けの作業なんだ。現に俺の兄貴は、作業中に風鈴火山の火口から噴き出した熱風で大やけどを負って、そのまま亡くなったんだ。お前達、本当に命を賭ける覚悟はあるのか?」
清のその言葉に、しばらくの間沈黙が流れた。
「ある。俺が火山風鈴を作ってみせるよ」
沈黙を破ったのは、三男の三郎だった。
「俺は末っ子だし、風鈴作りの腕もまだまだ
半人前だ。だけど、風鈴に賭ける情熱だけは誰にも負けない。だから親父、頼むから俺に行かせてくれ」
その三郎の言葉に、清は心を打たれた。
「分かった。火山風鈴作りは、三郎に託すことにする。頑張れよ」
「ありがとう親父」
実は三郎には、火山風鈴作りを成功させる、ある作戦があった。
その作戦とは、今ある火山風鈴を風鈴火山の頂上まで持っていき、その音色で体を冷やしながら火山風鈴を作るというものだ。
火山風鈴の効果を利用して、火山風鈴を作る。三郎はこの作戦の成功を確信していた。
清の還暦の日。
この日は三郎が火山風鈴を作りに行く予定日でもあったが、運悪く、風鈴火山の近くに低気圧が迫っていた。そのため清は、火山風鈴作りを延期するように三郎を説得していた。
「三郎、悪天候の中の火山風鈴作りは困難を極めるぞ。無理は言わない。今日は止めておけ」
しかし、今日行かないと今ある火山風鈴が使えなくなってしまうため、三郎は止める訳にはいかなかった。
「親父、そうやって予定を先延ばしにしていたら、いつまで経っても新しい火山風鈴が作れなくなるよ。必ず成功させて無事に戻って来るから、親父の還暦と、火山風鈴作りの成功祝いの準備でもして待っててよ」
こうして三郎は、仕事道具と登山道具、そして火山風鈴を持って家を出発した。
風鈴火山のふもとに到着した三郎は、登山靴に履き替えると、登頂を始めた。
清から聞いていたような悪天候にはならず、風一つない穏やかな天候が続いていたこともあって、三郎は順調に歩みを進めていた。
風鈴火山の八合目まで登ってきたその時、急に天候が悪化し、雨粒と共に強風が吹いてきた。
「チリーンチリーンチリーン……」
三郎が手にしていた火山風鈴が、強風に揺られて激しい音色を奏でた。
翌日。家に帰って来ない三郎を心配した、清と兄二人が捜索に向かうと、風鈴火山の八合目付近で、凍死した三郎の遺体が発見された。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません