びっくり箱(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【そこはかとない不安】没作)

 二年前。四月一日。彼の部屋。

「はい、プレゼント」

 彼は私に、青色のリボンが付いた小さな箱を渡してきた。

「ありがとう。開けていい?」

「いいよ」

 何が入ってるんだろう? この大きさだと、アクセサリーかな? そんなことを考えながら箱を開けると、中からカエルが飛び出してきた。

「キャー!」

 彼は驚く私を見て、いたずらっぽく笑っている。

「大丈夫。カエルのおもちゃだよ」

「もー。ひどいわ」

 一年前。四月一日。私の部屋。

「はい、プレゼント」

 彼は私に、黄色のリボンが付いた白い箱を渡してきた。

「怪しいわね。去年騙されたこと、忘れてないわよ」

「去年は悪かったよ。今年はそのお詫びにと思ってさ。ちょっと奮発して買ってきたんだよね」

「本当?」

「本当だよ」

「じゃあ開けるね」

箱を開けると、中からヘビが飛び出してきた。

「キャー!」

 彼は驚く私を見て、去年と同じように笑っている。

「大丈夫。ヘビのおもちゃだよ」

「もー。また騙したわね」

今日。四月一日。彼の部屋。

「はい、プレゼント」

彼は私に、赤と白のストライプの箱を渡してきた。

「もうすっかり恒例行事ね。いくら騙されやすい私でも、さすがに今年は騙されないわよ」

「今まで本当にごめん。だけど今年こそはちゃんとしたプレゼントなんだ。だから開けてみてくれよ」

「もう信じられないわ」

「お願いだ。この通り」

 彼は正座をすると、私に向かって真っすぐ頭を下げてきた。

「そこまで言うなら……」

 私は渋々ながらも箱を開けると、中から黒い指輪の箱が出てきた。

「えっ! これって、もしかして……」

彼と付き合って三年。ついにこの時がきたのだ。自然と涙で目がにじんでくる。

「早く開けてみて」

「うん」

指輪の箱を開けると、中からカエルが飛び出してきた。

「キャー!」

 彼は驚く私を見て、またもやあの笑顔を見せてくる。

「大丈夫。二年前と同じカエルのおもちゃだよ」

「最低。信じらんない。あんたとなんてもう終わりよ」

 私は怒って家を飛び出した。

 今までのイタズラは笑って許せたけど、これだけは許せない。だって、私はもう三十路よ。当然彼とは結婚を考えて付き合ってたのに。まさか、プロポーズの嘘をつかれるなんて……ひど過ぎる。

 近所の公園のベンチで泣いている私の元に、彼が走ってやってきた。

「ごめん、さっきは悪かったよ。突然だけど、今何時か教えてくれないか?」

「なんでこんな時に時間なんて聞いてくるのよ。ふざけないで」

「いいから教えてくれよ。お願いします」

 腕時計に目をやると、ぴったり日付が変わる瞬間だった。

「ちょうど今0時になったとこだけど、それが何よ」

「良かった。これで嘘じゃなくなるな」

 彼は胸ポケットから、白い指輪の箱を取り出した。

「俺と結婚してください。死ぬまで一生大切にします」

 そう言うと彼は、箱からダイヤの指輪を取り出し、私の左手の薬指に優しくはめてくれた。

「最初から普通に渡しなさいよ。意地悪な人なんだから」

 私は彼の胸へと飛び込んだ。

 彼に抱き締められながら、私は思い出してしまった。私の腕時計が、三分進んでいたことを……。