バラバラの時計(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【落とし物】没作)

 俺の息子は、三月三一日生まれだ。

 早生まれなため、同学年の子と比べると背が小さく、大きい子にいじめられないかと心配していた。

 しかし、その心配は杞憂に終わった。息子は気が強く、いじめられるようなタイプではないようだ。息子の容姿は小さい頃の俺にそっくりだが、性格は妻に似たらしい。そんなこと言ったら、妻に怒られるかな。

 ただ最近、困ったことがある。妻によると、息子が、死ねとか殺すとか、汚い言葉を度々口にするらしい。妻が注意してもなかなか直らないため、俺にビシッと注意して欲しいと言うのだ。そんなこと頼まれても、あの怖い妻が注意しても直らないというのに、俺が注意したところで直るとは到底思えなかった。

 そこで、俺が小さい頃の誕生日に、父親にしてもらった話を、息子にもしてみようと考えた。

 息子の七才の誕生日。

「一郎、今日は一郎が生まれた日だけど、一郎がこの世に生まれてくる確率ってどれくらいだかわかるか?」

「えっ、そんなの全然わからないよ」

「いいからちょっと考えてみなさい」

「うーん、おみくじで当たりを当てるくらいの確率かな?」

「そんなに高い確率じゃないよ」

「じゃあどれくらいの確率なの?」

「一郎が通ってる水泳教室のプールがあるだろ。あの中にバラバラにした時計の部品を入れて、自然に時計が完成するくらいの確率なんだよ」

「そんなのあり得ないよ」

「そうなんだ。一郎はあり得ないくらい奇跡的な確率で生まれてきたんだぞ。一郎だけじゃない。お父さん、お母さん、一郎の友達だって、生まれてきたことが奇跡なんだ」

「すごーい」

「すごいだろ。だからこそ、命は大事にしないとな」

「うん」

「一郎、最近死ねとか殺すとかって言葉を使ってるらしいけど、それがどんなにいけないことだかわかるよな?」

「うん」

「だからもう二度と、そんな汚い言葉を使ったらダメだぞ」

「お父さん、ごめんなさい」

「よし、いい子だ。それじゃあケーキ食べようか」

「うん」

 翌日。仕事から帰ると、俺の部屋にあった置時計が無くなっていた。

「なあ、俺の部屋の時計が無いんだけど、誰か知らないか?」

「お父さん、その時計なら僕が水泳教室に持って行ったんだ」

「一郎、お前もしかして……」

「うん。水泳教室が終わった後、バラバラにした時計をプールの中に入れておいたんだ」

「バカ! 本当に試す奴があるか」

「だって、僕もお父さんもお母さんも友達も、みんな生まれてこられたんだよ。時計だってきっと、元に戻るよ」

「もういい! 説教は後だ」

 俺は慌てて、一郎の水泳教室に電話した。

「もしもし、夜分遅くにすみません。そちらの水泳教室に通っております、田中一郎の父親です」

「どうされましたか?」

「実は息子が、そちらのプールの中に、バラバラにした時計の部品を入れてきたらしいんですけど、落ちていませんでしたか?」

「バラバラにした時計の部品ですか? そういえば銀色の置時計が落ちていましたけど、それのことですか?」

「えっ、確かに銀色の時計なんですけど、バラバラの状態ではないんですか?」

「ええ、普通の状態でしたよ」

 まさか……プールの中でバラバラの時計が、偶然元に戻ったとでもいうのか。あり得ない。そんなことは絶対にあり得ないはずだ。だが、息子の言う通り、たくさんの人間が、奇跡的な確率でこの世に生まれてきたんだ。もしかしたら本当に、そんな奇跡が起きたのかもしれない。とにかく確認してみよう。

「わかりました。今からそちらに向かってもよろしいでしょうか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「それでは失礼します」

「変な電話だったな。なんで時計がバラバラだとか言ってたんだろう? 今日がエイプリルフールだからって、変な嘘は止めてもらいたいな」