鮎占い(阿刀田高のTO-BE小説工房課題【鮎】没作)

『三階 鮎占い 一時間千円』

 駅前にある古びたビルの前に、こんな看板が置いてあった。鮎占いなんて初めて聞いたわ。値段も安いし、ちょっと行ってみようかしら。

 ビルの三階まで上ると、鮎の絵が描かれた怪しげな扉があった。私は恐る恐る扉を開いた。

「いらっしゃいませ。お嬢さん、こちらの席にどうぞ」

 そこにいたのは、黒い着物を着た白髪交じりの中年男性の占い師だった。

「鮎占いですね。少々お待ち下さい」

 そう言うと占い師は、なぜか七輪を持ってきて、突然火を起こし始めた。

「あのー何をしてるんですか?」

「今から鮎の塩焼きを作るんです。まあ見ていてください」

 占い師は、すでに下処理を終えた串の刺さった鮎を慣れた手つきで焼き始めた。

「この鮎は天然物ですからね。おいしいですよ」

「あのーこれって占いですよね?」

「ええ、もちろん。お嬢さんにはこの鮎の塩焼きを食べてもらって、その食べ方を見ながら運勢を占います」

「へー変わった占いですね。楽しみです」

 丁度小腹も空いていたので、一石二鳥だった。占いに加えて鮎の塩焼きまで食べられて、たったの千円とは。ずいぶんお得ね。

「さあ、焼き上がりましたよ。お好きなように召し上がってみてください」

 占い師は鮎の塩焼きを皿に乗せると、箸を添えて私に手渡した。

 さて、どうやって食べようかしら。串を持ってそのまま噛り付こうかな。いや、箸があるから、一旦串を外して、箸で骨を取りながら丁寧に食べるべきか。うーん……やっぱり串を持って豪快に食べよう。

 私は両手で鮎に刺さった串の両サイドを持つと、鮎のお腹からパクリと噛み付いた。

 うーんおいしい。身が引き締まってて、適度に脂が落ちてるから食べやすい。塩加減も丁度良いわ。あーお酒が欲しくなる。

「お嬢さん、日本酒冷えてますけど飲みますか?」

「今丁度欲しいと思ってたんですよ。どうして分かったんですか?」

「私、占い師ですから」

 私は占いをしにきたことも忘れて、どんどんお酒を飲み進めた。鮎の塩焼きとの相性は抜群で、結局三杯も飲んでしまった。

「いやー鮎もお酒も最高でした。あっ、もうすぐ一時間になっちゃいますね。それじゃあ占いの結果を教えてくださいますか?」

「それでは手短に。まずは金運ですが、思わぬ出費に注意です。次に健康運ですが、お酒の飲み過ぎには気を付けてください。そして最後に恋愛運ですが、近い内に良い出会いがありそうです。以上で鮎占いは終了になります」

「えっ、それだけですか?」

「はい」

 なんだかずいぶん適当な占いね。特に健康運のお酒に注意って、私が今お酒飲んだからってだけっぽいし。まあいいわ。鮎の塩焼きもお酒もおいしかったし。

「それでは料金ですが、占い料金が千円と、鮎の塩焼き代が一匹で一万円、それにお酒代が三杯で一万五千円、合計二万六千円になります」

「ちょっと何それぼったくりじゃないのよ。私は千円しか払いませんからね」

「困りますよお嬢さん。ちゃんとここに書いてあるじゃないですか」

 占い師が指差す『鮎占い 一時間千円』と書かれた紙の右下をよーく見ると、小さな文字で『鮎一匹一万円 お酒一杯五千円』と書かれていた。

 私は泣く泣くお金を支払うと、逃げるようにして店を出た。ああ情けない。こんなぼったくりに引っ掛かるだなんて。私は階段を降りながら、馬鹿な自分を責めていた。

 その時、私は酔っていたせいか階段を踏み外してしまい、勢いよく転げ落ちてしまった。 

 痛い痛い痛い。足捻挫したかも。もう最悪。

「お嬢さん、大丈夫ですか?」

 声をかけてくれたのは、私好みの長身でがっしりとしたイケメンだった。

「実は、足捻挫しちゃったみたいで」

「それは大変だ。病院まで送りますよ」

 彼は私をたくましい腕でお姫様抱っこすると、彼の車まで運んでくれた。

 今日は色々ついてなかったけど、最後に素敵な出会いがあって良かったわ。

 あっ、さっきの鮎占いの結果、全部当たってる。