安達弾~打率2割の1番バッター~ 第9章 練習試合1試合目 船町北VS大阪西蔭⑨
6回の裏。この回の先頭バッターは9番の百瀬。
(百瀬はバッターとしては大したことなさそうだし、アンダーだけで抑えにいくか。オーバーの持ち球がストレートとチェンジアップしかないことはできるだけバレたくないからな)
水谷は鶴田のサイン通りアンダーからの球しか投げなかったが、前の回でのオーバースローを織り交ぜた投球が百瀬の頭の中に強烈に残っていたため、百瀬はこの打席では投げてこないオーバーからの投球を嫌でも警戒させられる状態だった。
「ストライク! バッターアウト!」
結局百瀬は、最後までオーバーの幻影に惑わされる形で三振に打ち取られた。
(結局オーバー投げへんのかい! 勝手に警戒して勝手に自滅してもうたわ)
1番バッターの三浦は、あえて何も考えずに打席に入った。
(オーバーかアンダーか、余計なことを考えれば考えるほどドツボに嵌ってしまう。ここは素直にきた球を打ちにいく。それだけや)
初球、オーバーからのストレート。外角低めに決まり見逃しのストライク。
(途中まで完全にアンダーのフォームやったやんけ。あそこからオーバーがくるんかい。外から見るよりも打席から見た方がより違いがわかりにくくてやっかいやな)
2球目、アンダーからのシュート。内角のギリギリに決まり見逃しストライク。
(なかなか厳しいコースに投げてきよるな。手が出えへんかった。ていうかもう追い込まれてもうた。ここからはくさい球でも全部打ちにいかんとあかんな)
3球目、外角から外に外れるシンカー。三浦はそれを打ちにいってしまい空振りの三振に終わった。
(完全な釣り球に手を出してもうたな。ていうかこの打席の最初、あえて何も考えへんとか自分で言うとったけどめちゃくちゃ考えてさせられてるやん。あかんで俺)
2番バッターの田所は、水谷のある弱点に気が付いていた。
(このピッチャー、オーバーの時はストレートしか投げてへんな。ほなその球に狙いを絞ってみるか)
初球、アンダーからの外角低めにスライダー。見逃しストライク。
2球目、アンダーからの内角低めにシンカー。低めに外れてボール。
3球目、アンダーからの内角高めにシュート。高めに外れてボール。
4球目、アンダーからの外角低めにカーブ。見逃しストライク。
(全然打ちにこないな。もしかしてオーバーからの球を待ってるのか。なら、このままアンダーで攻める)
5球目、アンダーからの内角高めにストレート。田所はカットでしのぐ。
6球目、アンダーからの内角にスライダー。田所はこの球もカットでしのいだ。
(しつこいな。そこまでオーバーの球を打ちたいなら、お望み通り投げさせてやるよ)
7球目、田所が待ちに待ったオーバーからの球が外角の高めにきた。
(待ってました!)
意気揚々と打ちにいった田所だったが、バットは無情にも空を切った。
(ストレートじゃなくてチェンジアップだけどな)
「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」
7回の表。2番バッターの白田はカットボールを叩いてセカンドゴロ。3番バッターの水谷もカットボールを叩いてショートゴロ。一見、今までのようにあっさりと打ち取られたようにも見える2人の打席だったが、戸次監督の見立ては違っていた。
(少しずつやけど百瀬のカットボールを捉え始めとる。次の打席まで回ってきたら、下手したら打たれるかもしれへんな)
そして4番バッター安達の打席が回ってきた。
(こいつは本気で抑えにいかなあかん。百瀬、ここで持ち球全部解禁するで)
初球、百瀬の投じた球は外角から真ん中へと曲がってきた。安達はカットボールだと思い打ちにいくも、寸前の所で違和感を覚えバットを止めた。
「ストライク!」
(今の球、カットボールよりも落ち気味の変化だった。多分カーブだな。だけど球速はカーブにしては速かった。高速カーブって覚えとこう)
(くっそー打ちにいってくれたら多分ゴロになって打ち取れたのに。初見でカットボールじゃないことを見破りおった。ホンマこいつ不気味やわ)
2球目、外角低めにカットボール。見逃しストライク。
(今の見逃しは多分さっきのパワーカーブを警戒したんやな。よしよし、初球でパワーカーブを見せといたことが無駄にはならへんかった。あのパワーカーブはコントロールが不安定で抜け球になることも多いからできれば多投しとうない。前の打席での見送り方をみるとチェンジアップも通用しそうにあらへんし、ここはカットボールとストレートをくさいとこに投げて乗り切るで)
3球目、内角低めにカットボール。低めに少し外れてボール。
4球目、外角高めにストレート。外に少し外れてボール。
(ホンマ見送り方が不気味や。ピクリとも動かへん。結構くさいとこ投げとるのに。ここは追い込まれる前にもう1球パワーカーブいっとくか)
5球目、百瀬が投じたパワーカーブは、外角低めギリギリの絶妙なコースに決まった。
「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」
(ラッキー! たまたま良いコースに決まって助かったわ。いや、そんな言い方したら百瀬に失礼やな。きっと密かに練習してパワーカーブのコントロールを磨いとったんやろ)
「百瀬、ナイスピッチ! お前いつの間にパワーカーブのコントロールそんなに良くなってたんや。もしかして最初に真ん中の甘いコースに投げたんは俺を驚かすための演出か? これからはもっと配球の割合増やした方がええかもな」
「川本……今のはたまたまや。ホンマええとこに決まってくれてラッキーやったわ」
「なんや。やっぱりそうやったんか。喜んで損したわ」
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