安達弾~打率2割の1番バッター~ 第9章 練習試合1試合目 船町北VS大阪西蔭⑪
9回表。5対0とすでに点差が5点もついていたため、試合は大阪西蔭の勝利で決まったようなものだった。しかし、こんな状況でも百瀬、川本バッテリーは最新の注意を払っていた。
「この回、万が一にもあの4番バッターまで打席を回してもうたら何が起こるかわからへん。最後まで気引き締めて投げなあかんで百瀬」
「わかっとるわ。しっかりリード頼むで」
8番の下位打線から始まるこの回だったが、百瀬は全力投球で抑えにいった。
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライク! バッターアウト!」
8番バッターの尾崎は為す術もなく三振に倒れた。
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライク! バッターアウト!」
9番バッターの鶴田も同じく三振に倒れた。これでツーアウト。もう船町北は後がなくなった。
(エースの千石ならまだしも、2番手投手の百瀬相手にこのまま無失点で終わってたまるかよ)
1番バッターの星は闘志を燃やしていた。
初球、内角を抉るカットボール。見逃しストライク!
(速っ! そろそろ疲れてきて球速も落ちてくるかと思いきや、ますます上がってんじゃねえか)
2球目、外角低めにストレート。星は打ちにいくもタイミングが合わず空振り。
(絶対絶命の大ピンチ。かくなる上は……)
3球目、百瀬が外角低めへのカットボールを投じる瞬間、星はバントの構えを見せた。
(バカの一つ覚えやな)
サードの山本を始め、大阪西蔭の内野手全員が、前の打席と同じく星がセーフティーバントを狙いにきたと瞬時に判断してバントシフトへと移行する。
(当たれ!)
星は心の中でそう願いながら、プッシュバントとバスターの中間のような独特のバッティングでバットを強引に当てにいった。
「カキーン!」
星の打球は前進していたサード山本の頭上をギリギリ超えていく絶妙なレフト前ヒットとなった。
(なんや今のバッティングは! プッシュバントでもバスターでもない中途半端なめちゃくちゃなスイング。もしかして前の打席のセーフティーバントはこの打席のための布石やったのか? だとしたらこの1番バッター、大した曲者やな)
戸次監督の中で星の評価がうなぎ上りしていたその頃、星は自分で自分の打球に驚いていた。
(今の打球、バスターでいくかプッシュバントでいくか迷って中途半端になっちゃったけど、結果的にうまくいったな。これは意外と使えるかも。そうだな……名付けてプッシュバスター。今度本格的に練習してみようかな)
百瀬は続く2番バッターの白田にもレフト前ヒットを許した。
(1番のバスターもどきに動揺したのか、9回を1人で投げてきた疲れが出てきたのか、はたまたその両方かしらんけどキレも球速も若干落ちてきたな。もしも次の3番にまで打たれてもうたらあの不気味な4番との対戦は避けられへん。ここは何としても抑えにいかなあかん。ようし百瀬、初球からパワーカーブかましたろか)
初球、百瀬が投じたパワーカーブはすっぽ抜けて、水谷のお尻を直撃した。
「デッドボール!」
(最悪や。あの不気味な4番を満塁の場面で迎えてまうとは。しかも今の百瀬の状態はイマイチ。どう抑えにいったらええんや)
悩みに悩んだ川本は、とりあえず外角の低めギリギリにカットボールを要求した。
(頼むから甘いコースの抜け球だけは勘弁してくれよ)
百瀬の投じたカットボールは、この日1番の球速とキレを見せながら川本のミットに収まった。
「ストライク!」
(めっちゃええ球やんけ! ついさっきまでとは別人や。もしかして百瀬の奴、この4番ともう1回対戦するためにわざと手加減してたんとちゃうか? これが本番の大会なら大説教もんやけど、まあ練習試合やし勘弁しといたるわ)
2球目、内角低めへのストレート。
「ストライク!」
(さっきのカットボールといいこのストレートといい対戦する度に速くなってね? もう9回だし1番疲れてるはずなのに……この人すげえな)
3球目、川本は内角高めの厳しいコースへのカットボールを要求した。
(こいつに遊び球を投げても平然と見送られるだけや。ならば百瀬の1番得意なこのコースに全力のカットボールを投げ込んだれ!)
(川本……俺も同じこと考えとったわ)
百瀬が今日のラストボールだと思いながら全身全霊を込めて投じたカットボールは、真ん中の高めに外れたコースから鋭く斜めに変化しながら内角高めギリギリに構える川本のミットへと吸い込まれようとしていた。
(ストライクゾーンに入る。今だ!)
安達のフルスイングが、それを妨害した。
「カキーン!!!!」
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