安達弾~打率2割の1番バッター~ 第8章 春季大会を終えて  

2020年11月10日

 船町北高校野球部の全体ミーティングが終わった後、鈴井監督は投手陣3人だけを残らせて居残りミーティングをしていた。

「今日の試合の結果を受けて、約束通りエースは黒山に決定する。だがな黒山、お前に大事な試合で最後まで投げてもらうにはまだまだ課題が多い。ストレートが龍谷相手にも通用することがわかったのは収穫だが、2巡目3巡目までストレート1本で通用するほど甘い相手ではない。コントロールに難のあるスライダーの改善は必須だぞ!」

「はい!」

「そして、白田と水谷。夏の大会のスケジュールは過酷だ。龍谷や三街道のような強豪校に勝つためには万全の状態の黒山をぶつける必要がある。黒山を完全休養させるために2人だけで投げ切ってもらう試合も出てくるはずだ。そんな時のためにも2人にはさらに成長してもらわないと困る。まずは白田だが、今日の3回裏に打たれたホームラン、あれは明らかな失投だったな。あんな失点をしないためにもコントロールをさらに磨くか、多少甘いコースに入っても打たれないような球の質自体を磨いていかないとダメだ!」

「はい!」

「そして水谷、アンダーとオーバーを織り交ぜた投球術、確かにすごいが研究されると対策されやすい。オーバースローの投球レベルを上げることはもちろんだが、それ以上にアンダーとオーバー、投げてくる直前までどちらがくるかわかりづらくする工夫が必要だ。今の状態だと最初のセットポジションのフォームの違いで投げ始める前からバレバレだからな。まずはそこを改善していくぞ!」

「はい!」

「野球の8割は投手で決まるなんて言葉がある通り、夏の甲子園にうちのチームが行けるかどうかはお前達投手陣がこれからどれだけ課題を克服し成長できるかにかかっている。そのことを肝に銘じてくれ」

「はい!」

「最後に1つだけ。怪我だけはしないようにしっかり休養を取ること。少しでも体調に違和感を感じたら無理をせずすぐに相談してくれ。以上だ!」

「ありがとうございました!」

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 西暦2016年。6月4日。春季大会準々決勝の船町北VS龍谷千葉、あの試合からちょうど1か月が経過した。

 龍谷千葉はというと、春季大会準決勝を14対4、決勝も13対5と快勝。さらに5月21~26日に開催された関東大会(群馬県、栃木県、茨城県、神奈川県、埼玉県、千葉県、山梨県、東京都の春季大会優勝校と準優勝校、そして開催県の群馬県3・4位校と推薦出場校加えた計19チームが参加する大会)でも優勝した。

 ちなみに、船町北高校によって阻止された30試合連続2桁得点記録は、6月4日時点で再び10試合にまで伸びていた。

 一方の船町北はというと、平日は前半チーム全体での基礎練習を中心に、後半は個々の課題克服のための個人練習を中心にといった練習メニューを行い、週末は必ず他校との練習試合を行っていた。龍谷千葉との試合以降、船町北には関東圏だけでなく関西や東北地方など遠方の強豪校からも練習試合のオファーがくるようになっていたため、鈴井監督はその中から特に実力のある高校を吟味してオファーを受けていた。

 春季大会以降船町北が行った他校との練習試合は全部で9試合。その勝敗はというと、エースの黒山が1人で投げた試合は3戦3勝。白田と水谷が2人の継投で投げた試合は3戦2勝1敗。3人の継投で投げた試合は3戦2勝1敗。ちなみに、それぞれの投球回と防御率は以下の通り。

    投球回数  防御率

 黒山  36  1.50

 白田  23  3.91

 水谷  22  3.68    

 相手が甲子園出場を狙える強豪校ばかりということを考慮すると、黒山は別格として白田や水谷も十分優秀な成績と言えるのだが、鈴井監督はまだまだ満足していなかった。

(打線は水物。とくにうちの打線は安達くらいしか確実に打点を期待できる選手がいない。うちが甲子園出場を目指すには全試合無失点に抑えるくらいの圧倒的な投手力がほしい。そのためには3人とももう一皮剥けてもらわないと)

 そして今、船町北のレギュラーメンバーと鈴井監督は大阪にきている。もちろん、それは観光目的ではなく練習試合をするためだ。船町北高校野球部は全国区の強豪校と比べるとそこまで経済的に恵まれていないため、このようなお金のかかる遠征試合にわざわざ出向くのは珍しい。つまり、そこまでしてでも練習試合をしておきたいと思えるほどの相手だということだ。その相手とは、去年の夏の甲子園であの龍谷千葉を13対10で破りベスト4。そして春のセンバツ甲子園では準優勝と圧倒的な強さを誇る大阪の絶対王者、大阪西蔭高校だった。