安達弾~打率2割の1番バッター~ 第7章 春季大会準々決勝 船町北VS龍谷千葉⑦
鶴田はタイムをかけると、水谷に謝った。
「悪い。完全に俺のリードミスだ」
「あの打たれ方からすると、事前にオーバースローのストレートを知られていたっぽいな。まあしょうがない。ランナーがたまってない時に打たれてラッキーくらいに思っておこう」
「これからのリードについてだけど……」
「うん。あれを使っていこう」
5番バッターの田中に対して、水谷はまたオーバースローからの投球を始めた。
(さっきホームラン打たれたばかりでもう投げてこないかと思ったけど、これはラッキーだな。総次郎に続いて俺もホームランいただきますか)
田中はフルスイングで水谷の球を打ちにいったが、球はバットから逃げるように落ちていった。
「ストライク!」
(何! ストレートだけじゃなかったのかよ! 今のは恐らくチェンジアップか。気を付けねえとな)
2球目。左バッターの田中の手に当たりそうな軌道から曲がりながら落ちていく内角低めのシンカーで見逃しストライク。
(やっべ、もう追い込まれた。しょうがない。ホームランは諦めるか)
田中はバットを短く持ち直した。
3球目。外角に逃げていくシュート。打ちにいきそうになるもギリギリ踏みとどまりボール。
4球目。外角低めギリギリのコースにカーブ。この球を田中はカットでさばいた。
5球目。今度は内角ギリギリをえぐりにいくスライダー。この球も田中はカットした。
そして6球目。水谷はオーバースローから球を投じた。
(遅い。これはチェンジアップだな。この軌道だと下に外れる)
しかし、球は田中の予想ほど落ちず、低めいっぱいのストライクゾーンを通過した。
「ストライク! バッターアウト!」
(最初のチェンジアップに比べて変化が小さかった。もしかしてこいつ、2種類のチェンジアップを使い分けられるのか?)
6番バッターの斎藤は、3球目にきたオーバースローからのストレートを狙うも、下を叩いて打ち上げてしまいライトフライに終わった。
(くそ! チェンジアップが一瞬頭によぎって反応が遅れた)
続く7番バッターの片岡も、追い込まれたあとにきたオーバースローからのチェンジアップを引っかけてピッチャーゴロに終わった。
(2球目に見たチェンジアップはスローボールに近いものだった。なのに最後のチェンジアップは落ちてきた。やっぱり違う球種なのか?)
5回の表。船町北の攻撃。
6番福山、2球目のスローボールを捉えるも、ショート清村兄の好守に阻まれアウト。
7番新垣、初球のストレートを捉え、ライト前ヒット。
8番尾崎、2球目のスローボールを捉え、レフト前ヒット。これで1アウトランナー1、2塁。
9番鶴田、2球目のストレートを捉えるも、セカンド西村の正面に飛んでしまいダブルプレー。
チャンスは作ったものの、この回の船町北の得点は0に終わった。
5回の裏。龍谷千葉の攻撃が始まる少し前、森崎監督は選手達に作戦の変更を伝えた。
「オーバースローの時は追い込まれている時以外は振るな。まさか直球以外の球を隠し持っていたとはな。田中と片岡によると2種類のチェンジアップを使い分けているらしい。長打はいらないからアンダーからの変化球をしっかりミートしてランナーをためていこう」
「はい!」
5回の裏、8番バッターの西村は初球の内角低めのシンカーをうまくすくい上げレフト前ヒットにした。
そして、9番バッターの投手山田はここで交代となり、代打の桧川が登場した。
(ここで桧川か。嫌なバッターが出てきたな。去年の夏の大会で当時1年生ながら毎試合代打で登場し活躍。代打王子の愛称で一躍ブレイク。代打打率5割越え。壊滅的に守備が下手という理由でスタメン入りはしていないもののバッティング能力だけなら上位打線に入れる程の実力者。とにかく甘いコースだけは禁物だぞ水谷)
初球。外角低めにカーブ。低めに外れてボール。
2球目。内角ギリギリをえぐるスライダー。これも僅かに外れてボール。
(警戒し過ぎてボールが先行してしまった。これじゃあ本末転倒だ。桧川のバットの持ち方をみると長打は狙ってなさそうだし、思い切ってストライクゾーンで勝負していくか)
3球目。オーバースローからのチェンジアップ。低めに決めるはずがほとんど落ちずど真ん中の甘いコースになってしまったものの見逃しストライク。
4球目。オーバースローからのストレート。これも低めに投げるはずが高めに浮いてしまい甘いコースになったものの見逃しストライク。
(危ねーな。2球続けて甘いコース。やっぱりアンダーに比べて投げなれていないオーバースローからの投球はどうしてもコントロールが不安定だな。だけど全然振ってこない。もしかしてさっきの打席で初披露したチェンジアップを警戒しているのか? まだまだ未完成で落ち方も不安定なチェンジアップだけど意外と効果はあったみたいだな。ならもう1回チェンジアップ試してみるか)
5球目。外角の低めにオーバースローからのチェンジアップ。3球目に投げたチェンジアップと比べるとしっかり落ちてコースも低めに決まった。しかし、相手は代打王子桧川。ギリギリまで球を引き付けて球の変化を見極めると鋭いスイングで見事球を捉えた。打球は強烈な勢いでファースト安達めがけて飛んでいく。
「パシ!!」
子供の頃から160キロの球を打ち続けた結果手に入れた驚異的な動体視力を駆使して難なく桧川の打球をダイレクトでキャッチした安達は、すぐさまファーストベースを踏み見事ダブルプレーを完成させた。
「安達、ナイスプレー!」
「よく取ったな。ナイス安達!」
「ナイスキャッチ安達!」
チームメイトから絶賛される安達だったが、当の本人はというとたまたま手の届く範囲に打球が飛んできてラッキーくらいにしか思っていなかったため少し困惑していた。
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