安達弾~打率2割の1番バッター~ 第7章 春季大会準々決勝 船町北VS龍谷千葉⑥

2020年11月10日

 4回表。船町北の攻撃。前の回でランナーの星が盗塁でアウトになったため、打席に立つのは引き続き2番バッター白田。

(ピッチングの反省はあとだ。今は打席に集中しよう)

 初球はスローカーブ。ど真ん中の見逃しストライク。

 2球目もスローカーブ。外角低めの見逃しストライク。

 そして3球目。内角へのストレート。

 初回こそ山田が投じる独特のストレートに全く対応できなかった白田だったが、前の回の打席で3球続けてストレートを見たばっかりだったこともあり、今では山田のストレートの軌道を完全に見極めていた。

「カキーン!」

 打球は投手の頭上を真っすぐ超えていくきれいなセンター前ヒットとなった。

(よし、安達の前にランナーが出た。けど次のバッターは水谷か。あいつゲッツー多いんだよな。かといってバントさせるのも消極的過ぎるか……よし、ここは勝負に出るか)

 鈴井監督は水谷にあるサインを出した。

 3番バッター水谷に対して山田が初球のスローボールを投げようと投球フォームを始めた瞬間、ランナーの白田がスタートを切った。

(ラッキー。また引っかかったぜ)

 キャッチャーの清村弟はそれを見て即座にサインを送り、山田はストレートを外角高めに外して投げた。

(よし、これでまた刺して1アウトだ)

 そう清村弟が思ったのもつかの間、水谷はそのストレートを強引に打ちにいった。

(何! ヒットエンドランだったのか!)

「カーン!」

 なんとか水谷がバットに当てたその打球はピッチャーゴロになるも、ランナーは2塁へと進んだ。

(あっぶねー。完全な采配ミスになるところだったな。水谷様、ありがとうございます)

 1アウトランナー2塁。普通のヒットでも1点差、ホームランなら同点に追いつくという絶好の場面で、打席は4番バッター安達に回ってきた。

(1点はしょうがないけど、ホームランだけは打たれたくない。ここはストレートを封印してスローボールとスローカーブだけで勝負するか。山田先輩の遅い球は特殊な山なりの軌道だからヒットは打ててもホームランにするのは至難の業。事実、うちの高校でもあの球をコンスタントにホームランにできるのは圧倒的なパワーとバットコントロールを兼ね揃えた俺くらいだもんな)

「カキーン!!!!」

 山田が投げた初球内角高めのスローボールを安達は難なく打ち返すと、打球はライト小林の頭上を越えていき、ライトフェンスをギリギリ超えるホームランとなった。

(マジか。山田先輩のスローボールまでホームランにするのかよ。安達弾……同い年で初めて俺と対等に争える選手がやっと出てきたか。こりゃあますます負けられねえな)

 

                                                   5番バッターの黒山は、2球目にきた外角高めのストレートを捉えるも、あと一歩伸びが足りずライトフライに終わった。

 4回裏。龍谷千葉の攻撃。打席には4番バッターの清村弟が立ち、マウンドにはこの回から白田と交代した水谷が立つ。

(交代していきなり清村弟かよ。まっ、他のバッターでも怖いことには変わりないし、平常心平常心。丁寧に投げていくか)

 初球、内角低めのカーブ。見逃しストライク。

 2球目、外角低めのスライダー。外にボール1つ分外れてボール。

 3球目、内角ギリギリにシュート。どちらの判定でもおかしくないコースだったがボール。

 4球目、外角のボールゾーンから外角の低めギリギリに入ってくるシンカー。見逃しストライク。

(よし、追い込んだ。今日の水谷は調子が良さそうだな。最後はオーバースローのストレートで空振りを取りにいくか。でもちょっと待てよ? この打席清村弟はまだ1回もバットを振っていない。厳しいコースばかりで手が出せなかったとも考えられるが、何か狙い球があるのか? もしかしてその狙い球はオーバースローのストレート? いやいやそれはないか。昨日の試合で初披露したばかりだしな)

 鶴田は少し迷いながらも水谷にオーバースローからのストレートを外角高めに要求した。

 5球目、水谷の投じたストレートは、狙いよりも高めに浮きボール球になりそうだった。しかし、清村弟はすでにスイングを始めている。

(いける! これで空振り三振だ)

 キャッチャーの鶴田も、投げた水谷も、同時にそう確信した。だがその確信は、一瞬にして崩れ去った。

『カキーン!!!!!』

 オーバースローの直球一本に絞って狙い打つ。森崎監督のこの作戦を忠実に実行すべく、清村弟は外角の高めに外れたボール球を無理矢理打ちにいくと、圧倒的なパワーを誇る豪快なスイングでそのボール球をレフトスタンド中段へと叩き付けた。

(見たか安達弾! これで1本差だ。次の打席でも、そのまた次の打席でもホームランを打って試合にもお前にも勝ってやる!)

 清村弟はファーストを守る安達を睨みつけながら一塁ベースを回ったが、当の安達本人は打球が飛んでいったレフトスタンド方向をボーと見つめていたため、そのことには気付いていなかった。

 船町北 3-4 龍谷千葉