安達弾~打率2割の1番バッター~ 第7章 春季大会準々決勝 船町北VS龍谷千葉④
「山田先輩、うまくいきましたね」
「いやー緊張した。意外といけるもんだな」
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西暦2016年。3月25日。龍谷千葉高校野球部の新入部員達が初めて練習に参加したその日。清村弟は全体練習を終えるや否や真っ先に山田の元に向かった。
「山田先輩、ちょっといいですか?」
清村弟はキャッチャーとして龍谷千葉高校の投手陣を事前に研究する中で、山田の致命的な弱点とその改善策をすでに考えていた。
「山田先輩はランナーを置いたとき、ストレートの時以外ではほぼ確実に盗塁を決められてしまいます。そこでなんですが……」
清村弟の考えた作戦はこうだ。まずランナーを出してしまった場合、スローカーブは極力投げず、スローボールかストレートの2球種のみで勝負する。そしてスローボールの時にランナーがスタートを切った瞬間、清村弟は山田にサインを出す。そのサインが出ると、山田はスローボールから急遽ストレートを外角高めに外して投げるというものだ。
「うーん……理屈はわかるけど、スローボールを投げ始めてから急にストレートに切り替えるってめちゃくちゃ難しくないか?」
「握りは同じですし、不可能じゃないですよね。早速練習しましょうよ」
「お前な、簡単に言うなよ。ピッチャーっていうのは……」
「練習しましょうよ! 練習! 練習!」
「俺の話を聞……」
「よっし決まり! じゃあ次の春季大会までにはモノにしましょう!」
「しょうがねえなあ」
こうして山田は、清村弟によって半ば強引にこの盗塁対策の練習をさせられることになった。
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清村弟と山田は、他の高校に研究されないよう格下相手の試合ではこの作戦を使わずにあえて走らせてきた。2人がこの作戦を使うのは、あくまでも負ける可能性がある強敵限定。つまり星に対してこの作戦を使ったということは、船町北高校野球部を負ける可能性がある強敵と認めたということになる。
3回裏。船町北の守備が始まる少し前、キャッチャー鶴田は白田に作戦の変更を伝えた。
「そろそろ配球パターンを変えていこう。2回裏の最後のバッター、わざわざ厳しい内角のストレートを躊躇なく打ってきた。もしかしたらストレートを狙われてるかもしれない。これからはストレートは見せ球に、スライダーとシュート中心にカウントを取りにいこう」
「わかった」
「この回を1失点以内に抑えればノルマ達成だな。最後まで気を抜くなよ」
「あの打線相手に気なんか抜ける訳ないだろ。よし、あと3人頑張るか」
この後白田は、8番西村、9番山田を連続三振に抑えた。これで2アウト。
この日の鶴田、白田バッテリーの配球はことごとく森崎監督が立てた作戦の裏をかくことに成功してきた。だが次のバッターは清村兄。森崎監督の作戦を平気で無視する天才自由人のこの男の活躍により、初回は失点を許してしまった。
(さて、どう攻めていこうか。相手は地面すれすれのフォークボールすらヒットにしてしまう天才。ここは開き直って得意球で勝負だ)
鶴田は初球に外角低めのスライダーを要求した。
(何投げても打たれそうだな。でも清村兄ならホームランの心配がないだけ気楽に投げられる。当たって砕けろだ。全力で抑えてやる)
白田が投じたスライダーは、この日一番のキレのある変化を見せた。天才清村兄と言えどもこの球を完璧に捉えることは難しい。そう思わせるほどのスライダーだったのだが、清村兄はその球を打ちにはいかなかった。かといって見逃した訳でもない。清村兄はセーフティーバントでその球を3塁方向のファールラインぎりぎりのコースにうまく転がしたのだ。
(絶対刺す!)
三塁手福山は初回に清村弟の打球を取れなかった汚名を返上するためにも必死にダッシュして素早く一塁に送球した。守備のチームとして有名になった船町北の三塁手レギュラー務めているだけあって、福山の一連の守備動作は完璧だった。並みの選手ならアウトになっていたことだろう。しかし、相手は並みの選手ではなかった。
「セーフ!」
船町北は、2アウトながらも一番塁には出したくないランナーの出塁を許してしまった。
船町北 1-1 龍谷千葉
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