安達弾~打率2割の1番バッター~ 第7章 春季大会準々決勝 船町北VS龍谷千葉⑬
1アウトランナー1塁。迎えるバッターは5番の田中。
初球、外角へのストレート。空振りストライク。
2球目、内角低めへのストレート。わずかに球の下をバットがかすめてファール。
(くっ、もう追い込まれた。このストレートを1打席で見極めるのは難しい。ならばギャンブルだ。カーブに狙いを絞る)
3球目、黒山の投じた球はカーブだった。狙い通りの球がきた田中は思わず打ちにいくも、球は真ん中低めの地面スレスレまで落ちていった。
「カン!」
かろうじて球の上を叩く形となったその打球は、ファースト方向に転がっていった。ファーストを守る安達がダッシュで拾いにいくと、ベースカバーに入った黒山に送球した。
「やべっ!」
安達の送球は黒山の頭上を越えていった。ランナーの田中は二塁へ向かう。ライトの水谷が急いでその球を拾いにいき二塁へ送球するもセーフ。安達のエラーから、1アウトランナー2、3塁の大ピンチを作ってしまう。
「すみません! 本当にすみませんでした!」
平謝りする安達に対して、黒山が答える。
「お前のエラーは想定内だ。安心しろ。これから二者連続三振でこのエラーを帳消しにしてやるからよ」
まるで漫画の主人公のようなカッコイイセリフを吐く黒山に、安達は尊敬や憧れの感情に加えて、今まで感じたことのない別の感情を抱きかけていた。
(もしかして俺、黒山先輩のこと……)
「鶴田! これからは全球ワインドアップの全力投球で投げるからな。しっかり捕ってくれよ」
「了解!」
こうして迎えた6番バッターの斎藤に対して、鶴田は初球内角低めのスライダーのサインを出した。
(1アウト2、3塁。相手は超強力打線の龍谷千葉。絶体絶命の大ピンチ。なんて痺れる場面なんだ。さあ、これから黒山劇場のスタートだ)
モチベーションをマックスまで高めて気合を入れて投げた黒山のスライダーは、力が入り過ぎたのか大きくコントロールが乱れてしまい、斎藤のお尻を直撃した。
「デッドボール!」
(黒山先輩……カッコ悪い)
安達が黒山に抱きかけていた別の感情は、あっという間に消え去った。
8回裏1アウト満塁。ホームランが出れば4点追加で合計10得点。つまり、ついさっきまで諦めかけていた連続2桁得点記録を30試合に更新できる可能性が見えてきたため、龍谷千葉ナインは俄然活気を取り戻していた。ついでに言うと、大量失点により黒山の暫定エースの座が剥奪される可能性が見えてきたことでライバルの白田と水谷もこっそり喜んでいた。
「おい片岡に西村! どっちでもいいからホームラン打て! 最低でも出塁して次に繋げろ。なんとしても2桁に乗せるんだ。あと片岡! ゲッツーなんてしようもんならレギュラーから外してやるからな!」
さっきまで負けてしまうかもと弱気になっていた森崎監督も、すっかり元気を取り戻していた。
(ゲッツーしたらレギュラーを外す? 冗談じゃない。俺は結果を残せなかったらいつでもレギュラー外される覚悟でやってんだ)
この春季大会からレギュラーの座を掴んだ2年生の片岡は、負けん気の強い野心家で相手ピッチャーの投球を常にベンチから観察しタイミングを取りながらイメージトレーニングを欠かさずおこなっていた。
(ここで結果を残してレギュラーを死守するだけじゃなくついでに打順も上げてやるぜ! 黒山のストレート、ベンチから観察してだいたいのタイミングのデータは取れた。あとは実際に打席で1球見て誤差を修正。ストレートの2球目がきたら必ず仕留めてやる!)
そんな7番バッター片岡に対して、黒山は初球、外角高めにストレートを投げた。見逃しストライク。
(やべーな。思ってた以上に伸びてくる。これはもう1球見ないと誤差を修正しきれないな。でも続けてストレート投げてくれるか?)
2球目、外角低めにストレート。見逃しストライク。
(よし、もう1球見れた。これで誤差は完全に修正できたぞ。バットが届く範囲にストレートがくれば全部ホームランにしてやる。逆に変化球がきたら見逃す。例え見逃し三振になったとしても下手に打ちにいってゲッツーになるくらいなら次の西村先輩に託す)
3球目、黒山が投じた球は、外角高めのストレートだった。
(ストレートきたー!!)
狙っていたストレートがきたことに片岡は歓喜しながらフルスイングでその球を捉えた。
「カキーン!!」
打球はレフト方向へ飛んでいくも、ホームランになるような当たりではなかった。しかし、犠牲フライとしては十分過ぎる飛距離だった。
(クッソ―完全に力負けした。手の痺れが尋常じゃない。まあでも、犠牲フライは打てたってことで最低限の仕事は果たせたかな)
レフトを守っていた白田はフライをキャッチすると、バックホームへダイレクトに送球した。
(ラッキー!)
(バカだなあ)
1塁ランナーの斎藤と2塁ランナーの田中は中継を挟まない無謀なダイレクト送球を見て心の中でそう呟きながらそれぞれ次の塁へと向かった。
(なんで中継挟まないんだ! ランナー進められてさらにピンチが広がるだろ!)
中継に入っていたショートの尾崎は、無謀なダイレクト送球をする白田に心の中でダメ出しをしていた。
(馬鹿野郎! あいつもしかして、黒山をエースから降ろすためにわざとあんな無謀な送球をしてピンチを広げようとしてるのか?)
鈴井監督も白田のこのプレーには怒り心頭だった。
しかし、今挙げた4人と打ったばかりの片岡、そして安達以外の両チーム選手達と森崎監督は、一見無謀にも思えるこのダイレクト送球をした狙いを理解していた。
船町北 5-6 龍谷千葉
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