安達弾~打率2割の1番バッター~ 第7章 春季大会準々決勝 船町北VS龍谷千葉⑫

 5番バッターの黒山が打席に上がるところで、清村弟はタイムをかけるとマウンドに向かった。

「おい村沢!」

「すまん!」

「えっ? なんで謝るんだ?」

「いや、だって打球から逃げて2点も取られちゃたからさ」

「逆だよ逆。俺は褒めようと思ってたんだぞ」

「どこに褒める要素があるんだ?」

「まずは安達からのホームランを阻止したこと。落ちる癖球のおかげでバットに当たる位置がずれたんだ。それでもヒットにされたのは、まあ安達を褒めるべきだな。そして2つ目はあの打球を避けれたこと。もし当たってたら怪我してたかもしれねえからな」

「総次郎……お前って意外と優しいんだな」

「別にそんなんじゃねえよ。お前に怪我されると目標の甲子園優勝が遠のくからな。それだけだ」

「全く、素直じゃねえな」

「そんなことより、次のバッターの黒山、まあまあいいスイングしてるからな。油断せずにしっかり投げろよ」

「了解了解」

 黒山に対する初球は、外角低めにストレート。少し外に外れてボール。

(130くらいの平凡なストレートだな。しかも右投げ。左バッターの安達と俺が続く場面でなんでわざわざこいつを出してきたんだ?)

 2球目、内角高めにストレート。これも少し高めに外れてボール。

(まっ、よくわかんねえけど超攻撃型のチームだけあって逆にピッチャーの方は人材不足なんだろうな)

 そして3球目、内角低めのストライクゾーンに入る球を、黒山は打ちにいった。

(よし、これで同点だ)

「カーン!」

 明らかな打ち損じとなったその打球はキャッチャーゴロとなり、2アウトから始まった船町北打線怒涛の追い上げは、あと1点取れれば追いつけるという惜しいところで終わってしまった。

(くそ―打ち損じた。ていうかなんか曲がったか? まっ、過ぎたことはしょうがない。これからの俺は味方の逆転を信じてピッチングに集中だ)

                                                 「ストライク!」

(去年よりもスピードが上がった? いや、キレが増したのか?)

「ストライク!」

(その両方か。長打狙いじゃ当てることすら難しな)

 8回の裏、先頭バッターの鈴木は、去年の夏にも対戦しホームランを打っている黒山のストレートに2球連続空振りしていた。そして3球目。内角よりの甘いコースにきた球を、鈴木は短く持ったバットで当てにいった。

(せめてヒットで出塁して4番の総次郎につなげないと)

 しかし、鈴木のバットから逃げるように球は鋭く縦に変化し、バットは空を切った。

「ストライク! バッターアウト!」

(あれだけ速いスピードでくるスライダーなんて初めて見たぞ。反則だろ)

 そして、4番バッター清村弟の打席を迎えた。

(先輩達はともかく兄ちゃんまでヒットを打てないなんて相当すごいピッチャーなんだろうな。ということは、そんなすごいピッチャーからホームランを打てれば安達に完全勝利したことになるな。この勝負、絶対に負けられない)

 初球、内角高めの厳しいコースにストレート。見逃しストライク。

(こりゃあすごいな。みんなが打てない理由がわかった。だが、俺が打てないとは限らないぜ)

 2球目、外角低めにストレート。清村弟はその球をフルスイングで打ちにいく。

「カーン!」

 打球は真後ろに飛んでいきファール。

(惜しいな。だけどタイミングはバッチリだ。次は打てる)

 3球目、さっきまでセットポジションで投げていた黒山は、突然ワインドアップに切り替えて投球を始めた。投じた球は、ど真ん中の甘いコースに向かっていく。

(もらった!)

 清村弟はバットをフルスイングしながら、レフトスタンドにホームランを叩き込むイメージを思い浮かべていた。

「カキーン!!!!」

 打球は清村弟の思い浮かべていたレフト方向とは逆のライト方向へ鋭い当たりが飛んでいった。打球はファーストを守る安達の頭上を越えてライト線ぎりぎり内側に落ちるフェアとなった。ライトを守る水谷は必至に打球を追いかけると急いで二塁へ送球した。しかし、鈍足の清村弟は初回にレフトを守っていた水谷に二塁で刺されたことを思い出したのか途中で一塁へ引き返していた。

「クッソ―打たれたか!」

 ヒットを打たれて悔しがる黒山。しかし、同様に清村弟の方も悔しがっていた。

(もっと前の位置で捉えるはずだったのに、予想以上に速い球がきて振り遅れた。結果的には逆方向のヒットになったけど、今の勝負は完全に俺の負けだ)

 船町北 5-6 龍谷千葉