安達弾~打率2割の1番バッター~ 第7章 春季大会準々決勝 船町北VS龍谷千葉⑪

2020年12月5日

 8回の表。船町北の攻撃。

 8番バッターの尾崎、ストレートを打ち上げて1アウト。

 9番バッターの鶴田、スライダーをセカンドゴロで2アウト。

 あっという間に追い込まれてしまったところで1番バッターの星が打席に上がる。

(ここから3人連続で塁に出られれば安達に打席が回る。そこでホームランが出れば逆転だ。うちがここから龍谷に勝つとしたらこれしかない。だからまずは俺が絶対塁に出るぞ)

 初球、外角の低めにきたストレートを、星は逆方向に流し打ちした。打球はショートを守る清村兄が手を伸ばしてジャンプするほんの数センチ上を超えてヒットとなった。

「よっしゃ!」

 今まで何度も阻まれてきた清村兄の守備を打ち破ってのヒットだったこともあり、星は思わず大声を出しながらガッツポーズをした。

 続く2番バッターの白田も、変化球が2球続いたあとの甘く入ったストレートを捉え、センター前ヒットとなった。これで2アウトながらランナー1、2塁。そして、3番バッターの水谷を迎えた。

(俺はゲッツーが多いからゲッツーの可能性がある場面だとどうしても思い切ったスイングができなくなる。だがその反面、ゲッツーの可能性がない、しかもランナーがたまっているチャンスの場面だと俄然やる気が出てくるんだ。今はまさにその状況。打てる気しかしないぜ)

 初球、内角低めにカーブ。低めに少し外れてボール。

 2球目、外角低めにスライダー。わずかに外に外れてボール。

(見える、見えるぞ。やる気は満々だが冷静さは失っていない。こういう時の俺は怖いぞ)

 3球目、若干内よりの甘いコースにカーブ。この球を今の水谷が見逃すはずがなかった。

「カキーン!!」

 打球は三遊間を超える痛烈なレフト前ヒットとなったが、当たりが良過ぎたためセカンドランナーの星は3塁コーチャーをしていたキャプテンの上杉に止められて3塁でストップした。

 8回の表。船町北打線は2アウトランナーなしという危機的状況から上位打線がヒットで粘り強く繋ぎ、満塁の大チャンスを作った。しかも、次に迎えるバッターは4番の安達だった。

(まずい、まず過ぎる。このままでは2桁得点の連続試合記録が途切れるどころか普通に試合で負けてしまう)

 森崎監督が危機感を抱いていたその時、ある1年生部員が監督に声を上げた。

「監督! 俺を使ってください。肩はもう作ってます」

「お前は夏の大会の秘密兵器として取っておくつもりだったが、そうも言ってられないな。よし、交代だ」

 こうして、安達が打席に上がったところでピッチャーの交代が告げられた。

「ピッチャー佐藤君に代わりまして、村沢君」

 村沢って誰だ? そんな空気が球場中を包み込んだ。

(ここで村沢を出してくるのか。春の大会では使わないって言ってたのに。でもおかげで助かった。佐藤先輩じゃ安達に満塁ホームランを打たれる絵しか浮かばなかったからな。前の打席ではなぜか抑えられたけど。村沢をリードして安達のホームランを防ぎ裏の回で俺がホームランを打てば、2対3でホームラン対決は俺に軍配が上がる。そして試合にも勝てる。よし、完璧なシナリオだ)

 村沢の投げた初球は、内角低めに決まり見逃しストライクとなった。

(今のはストレートか? でもほんのちょっとだけ内側に曲がったような……)

 安達が考える間も与えないまま、すかさず村沢は2球目を投げた。外角の低めに少し外れてボール。

(今のは普通のストレートの軌道だったな。やっぱり見間違えか?)

 矢継ぎ早に3球目を投げる村沢。球は内角の高めに向かっていく。

(よし、入る)

 安達はスイングをしながらホームランを確信していた。

「カキーン!!!!」

 打球はぐんぐんと伸びていくも、ファールゾーンへと切れていった。

(あれ? おかしいな。ホームランいけると思ったんだけどな。また球が直前で微妙に曲がった気がする)

 安達の感じた違和感は正しかった。村沢が初球と3球目に投げた球は普通のストレートではなくムービングファストボ―ル、いわゆる癖球だった。

(村沢はスライダーに近い癖球と落ちる癖球、そして通常のストレートを投げ分けることができる。球速こそ130キロそこそこだが初見ではなかなか打ちづらいぞ。まっ、天才の俺の場合は初対戦の時でも圧倒的なパワーで強引にヒットにしてやったけどな)

 4球目、真ん中低めにストレート。低めに外れてボール。

 5球目、内角低めにストレート。これも低めに外れてボール。

(2球続けて普通のストレートにしか見えなかったな。やっぱりさっきのは見間違いか? まあいいや。ごちゃごちゃ考えてないで打てるコースにきた球をフルスイングしよう)

 6球目、村沢が投じた球はこの日安達に対して初めて投げる落ちるタイプの癖球だった。コースは外角ギリギリ。高さは低めに投げる予定が少し浮いて真ん中付近に。

(よし、今度こそいける)

 安達はそう確信しながらフルスイングをした。

「カキーン!!!!」

 綺麗な放物線を描いてのホームラン。安達はその情景を思い描いていたが、実際の打球は上へは飛んでいかずピッチャーの真正面に向かっていた。

「うわっ!」

 村沢は強烈なピッチャーライナーに思わず恐怖し、咄嗟に体を捻って打球をかわした。打球は二遊間を抜けてセンター田中が走りながら球を拾う。サードランナーの星はすでにホームに帰り、セカンドランナーの白田も3塁ベースを回っていた。田中は素早くバックホームするもフルカウントでランナーが投球と同時にスタートを切っていたこともありギリギリセーフ。安達のタイムリーピッチャーライナーによって2点を追加し、なおもランナー1,3塁。2アウトながら点差はわずか1点にまで縮まっていた。

 船町北 5-6 龍谷千葉