安達弾~打率2割の1番バッター~ 第7章 春季大会準々決勝 船町北VS龍谷千葉①
西暦2016年。5月3日。龍谷千葉高校野球部の監督室に、船町北対千葉修道の試合を偵察に行っていた部員がやってきた。
「監督、ただいま帰りました!」
「おう偵察ご苦労だったな。こっちもついさっき試合を終えて帰ってきたところだ。映像はばっちり撮れたか?」
「はい。バックネット裏の特等席を確保しておきましたから」
「どっちが勝った?」
「5対0で船町北が勝ちました」
「5対0だと! あの千葉修道打線を0点に抑えたのか。やはり船町北の守備力は侮れんな。さすがは去年うちの打線を10点に抑え込んだことはある」
(10点も取ったのに抑え込まれたって……まあ20点以上取ることもざらにあるうちのチームからしたらあながち間違ってもないか)
「じゃあ今からレギュラーメンバーを集めてミーティングを始める。みんなを呼んできてくれ」
「はい。ところで、今日のうちの試合結果はどうでしたか?」
「17対4のコールド勝ちだ」
「……それじゃあ投手別に対策を立てていこう。まずは今日先発だった水谷だ。右アンダースローからの変化球を低めに集める丁寧なピッチングに加えてオーバースローの直球を織り交ぜるという奇策で千葉修道打線を翻弄したようだが、ネタがわかっていればそれ程怖くはない。オーバースローの直球一本に絞って狙い打てばお前らなら簡単にホームランにできるだろう。何本かホームランを打たれればもうアンダーでしか投げられなくなるだろうからあとは去年と同様、バットを短く持ってギリギリまで変化球を見極めてコツコツ単打を積み重ねていこう。次は白田だ。右サイドスローからのスライダーとシュートで横に揺さぶりをかける投球術に加えてこの試合ではフォークボールまで投げているな。千葉修道打線は変にフォークを意識し過ぎた結果自滅してしまったようだが、うちは同じ轍を踏まぬようフォークは完全に捨てて、スライダーかシュートどちらか1本に絞って長打を狙っていけ。そして最後は黒山だが……まずいな。ストレートのキレとスピードが去年よりも数段パワーアップしてやがる。こいつを打ち崩すには……相手の球威に負けないスイングでバットを振りぬき、力と力の真っ向勝負で打ち勝つ。それくらいしか思いつかんが、全国各地から力自慢のホームランバッター達をスカウトして作ったうちの超重量打線にこれ以上ピッタリな作戦はない。今日の試合でうちの連続2桁得点記録は29試合になった訳だが、船町北からは去年10点しか取れていない。去年に比べてさらにパワーアップしている船町北から2桁得点をもぎ取るのはなかなかハードだが、うちの打線だって去年よりもパワーアップしている。さあお前ら、明日も2桁得点で記録を30試合に伸ばすぞ!」
「はい!」
「それじゃあ今日のミーティングはこれで終了ということで……」
「監督! まだ相手バッターの話をしていません」
「おうそうだった。すっかり忘れていた」
(監督って、ほんと攻撃にしか興味がないんだな)
「なんと言っても要注意は4番を打っていた安達だな。まだ1年生ってことは清村兄弟と同級生か。総次郎、総一、何か安達について知っているか?」
「千葉のシニアではそんな選手いなかったと思います」
「多分県外からの特待生とかではないでしょうか?」
「そうか。事前に知っていたら絶対うちにスカウトしたのにな。くそー惜しい人材を逃してしまった。ホームラン2本にツーベース1本って、今日の総次郎と同じ成績だな。総次郎、多分パワーだけならお前の方が上だ。明日は安達よりもホームランを量産して格の違いを見せつけてやれ!」
「はい!」
「じゃあ今日のミーティングは以上だ。明日に備えてしっかり休むように」
「ありがとうございました!」
(結局相手バッターの具体的な対策の話はないのか。まあいつものことだけど)
龍谷千葉高校がミーティングをしていた丁度その頃、船町北高校でもミーティングが行われていた。
「まずは龍谷の打線についてだが、ピッチャー以外のほぼ全てのバッターが強豪校の4番並みのパワーを持っている。去年対戦した者は身に染みて実感しているだろう。そして今年はただでさえ強力なこの打線に、清村兄弟の2人が加わった」
「清村兄弟?」
「おい安達! お前清村兄弟も知らないのか?」
「すみません」
「清村兄弟はな、兄の総一、弟の総次郎共に2年連続で中学の日本代表に選ばれている全国トップレベルの選手だ。まずは弟の総次郎だが、相撲取りのような体格で見た目の通り足はかなり遅い。しかし、そのパワーはとにかく桁外れで強打者揃いの龍谷打線の中でもすでに4番を打っているほどの実力者だ。ポジションはキャッチャーで肩も強い。まさにリアルドカベンと言ったところか」
「ドカベン?」
「安達、お前ドカベンも知らないのか? 野球少年とは思えないな」
「すみません」
「そして兄の総一だが、弟とは真逆の選手だ。体格は細身で俊足。パワーはないがバットコントロールはピカイチ。今大会では龍谷打線の中で唯一ホームランがないものの打率はチームトップの6割越え。盗塁も1試合平均で2つ決めている。しかも失敗は0。ポジションはショートで守備も超一流。守備力は二の次でホームランの打てるパワーヒッターばかりを獲得してきた龍谷の森崎監督の好みからすると兄の聡一までは獲得しないと踏んでたんだが……予想が外れてしまったな。おかげでますます厄介な打線になってしまった。この打線を3回2失点以内に抑えるというのはかなり厳しい条件だとは思うが、水谷も白田も去年の雪辱を晴らすために努力してきたことを俺は知っている。明日は期待しているぞ」
「はい」
「それと黒山、言ってなかったが例え水谷と白田がノルマを達成出来なかったとしてもお前が明日少しでも不甲斐ない投球をしたらエースの座は剥奪するからな。覚悟して投げろよ」
「はい」
「次に龍谷の投手についてだが、去年の秋からは2年の山田と3年の佐藤の継投がお決まりのパターンになっている。3年の佐藤は左のオーバースローで持ち球はカーブとスライダー。ここまではうちの黒山と似ているが、球速は黒山よりも全体的に10キロ以上遅く、変化球の変化量も半分程度だ。そして2年の山田だが、ゆったりとしたフォームから投げてくる時速100キロ未満のスローカーブと、同じような山なりの軌道を描く超スローボール、そして同じフォームから手投げで投げてくる130キロ代のストレート。持ち球はこの3種類だけ。両投手に共通するのは、一見打ちやすそうに感じる球を投げてくることと投球間隔が短くテンポよく投げ込んでくることだ。正直龍谷の投手はそこまでレベルは高くない。が、もしも失点しても味方の打線がすぐに逆転してくれるという信頼のもと思い切りのいい投球をしてくる。この2人を打ち崩すのは意外と難しいぞ。特に山田のスローカーブとスローボールは普段見慣れない軌道の球だからジャストミートするのはなかなか骨が折れる。相手のペースに乗せられて打ち急がないように。幸いにも龍谷の試合映像はテレビでよく中継されているから全部録画してある。みんなしっかり研究して明日の試合に備えておくように」
「はい」
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