安達弾~打率2割の1番バッター~ 第5章 春季大会2回戦 船町北VS三街道②

「安達! ちょっとこい!」

 あっさりと打ち取られてベンチに戻ってきた安達に、鈴井監督は怒っていた。

「安達! お前なんで初球から打ちにいったんだ?」

「甘い球がきたんで打てると思って……」

「あのな安達、普通の相手ならそれでいいかもしれないが、今日の相手は細田だぞ。身長が2メートル近くある普段対戦しない特殊なタイプの相手に初球から打ちにいくなんて完全に悪手だぞ。初打席は相手の球をしっかり見て球筋を見極めていかないとダメだろ」

「はい、すみませんでした」

「どうせさっきの守備のミスでも引きずって焦ってたんだろうが、そんなことを打席にまで持ち込むなよ」

「はい」

「野球は切り替えが大事だ。逆にこの打席のミスも次の守備に持ち込んだら承知しないからな!」

「はい、気を付けます」

 その後、細田、黒山の両校エースは好投を続けていき、両者1人のランナーすら出すことを許さないまま試合は続いていった。

 4回裏ワンアウト。初回にスクイズを決めた角田に、この日2回目の打席が回ってきた。

(初回は監督の指示で仕方なくバントをしたが、今回はやっとちゃんとした勝負ができそうだ)

 そんな角田に黒山が投じた初球は、外角低めギリギリのストレート。初回に角田がスクイズを決めたのと同じ球に、角田は全く手を出せなかった。

「ストライク!」

(焦るな焦るな。甘いコースにきたら決めてやる)

 しかし、その後も2球目は内角高めぎりぎりのストレート、そして3球目は外角低めギリギリのストレートと角田に甘いコースの球がくることがないまま三振となった。

(うん……今回はしょうがないな。次だ次々)

 5回表ノーアウト。鈴井監督のアドバイスもあってか初打席の時と比べて冷静に打席に入った安達は、じっくりと球筋を見極めることに専念した。1球目の内角低めのストレート、2球目の外角低めのストレート、3球目の真ん中高めのボール球のストレート、そして4球目の真ん中低めのカーブ。見逃し三振。

 こうして安達は細田に、2打席連続で打ち取られた

(バカ野郎! 確かにさっきは球をしっかり見ろと言ったが振らなきゃ意味ないだろうが! 全く、もう1回説教が必要なようだな)

 そう鈴井監督が安達を呼びつけようとしたその時、監督の隣に座っていたキャプテンの上杉がそれを制止した。

「監督、ちょっと待ってください」

「どうした上杉?」

「安達の様子をよく見てください。1打席目のあとは顔をうつむかせながら帰ってきた安達が、今は顔をあげて表情にもどこか余裕を感じます。きっと何かをつかんだんでしょう。次の打席、あいつ絶対打ちますよ」

「まあそうだな。あまり過保護にあれこれ言うよりも、今はあいつを信じてみるか」

 その後も両校エースはノーヒットピッチングを続けた。そして、7回表。船町北の3巡目の攻撃が始まった。

(1打席目はカーブにバットが出ずに三振。2打席目は逆にカーブを意識し過ぎてストレートにタイミングが合わずまたもや三振。思い返せば今日の俺は全部細田のカーブにやられている。それなら……)

 先頭バッターの星は、カーブを完全に捨てて、ストレートの中でも落差があまりなく比較的狙いやすい高めのストレート一本に狙いを絞った。

「カキーン!」

 細田が投じた初球は、奇しくも星が狙っていた高めのストレート。星はそれをしぶとくセンター前に運び、見事チーム初安打を放った。

(よし! これで安達まで打席が回る。ホームランが出れば逆転だ。ゲッツーにでもならない限り。そして安達の前のバッターは白田と水谷。この2人はなまじミート力があるだけにゲッツーになる確率が高い。ここは確実に送りバントのサインを出すか)

 2番バッター白田は、鈴井監督のサイン通り細田の初球をしっかりと送りバントを決めた。

(ゲッツーの心配がなくなった。ふー。これで安心して打てるぜ。安達、悪いが先にランナーを返させてもらうぜ)

 そう意気込んでいた3番バッター水谷だったが、2球目のカーブをひっかけてあっさりとピッチャーゴロに打ち取られた。

 そして、4番バッター安達の打席が回ってきた。

(さっきの2打席目、一見あっさりと見逃し三振をくらったようにも見えたが、どこか不気味な雰囲気を感じたんだよな。1打席目のスイングといいこの1年生はやはり危険だ。ここは厳しく攻めるぞ)

 キャッチャーの太田は、内角ぎりぎりの厳しいコースのストレートを要求した。

(ヒット1本で同点になる大事な局面。当てるくらいの気持ちで強気に投げきるぞ)

 細田の投げた球は、太田の構えたミットよりもさらにボール1個分内角をえぐる厳しいコースへと向かっていった。

(ヤベっ! 本当に当たりそう!)

「ボール!」

 細田の投げた球は、バットを構える安達の手からわずか数センチ横を通過した。

(ナイスコース! 細田、よくぞ投げ切った。これで嫌でも内角を意識させることが……いやちょっと待て。この1年生、あわや死球にもなりそうだった今の球を全く避けようとしてなかったな。もしかして……細田のストレートを完全に見極められているのか。いやいやさすがに考え過ぎか。単純に動けなかっただけだよな。うんそうだ。そうに決まっている。じゃあ次は予定通り外角のストレートでカウントを稼ぐか)

 太田は細田に外角のストレートを要求したが、細田はこれに首を振った。実は細田も、太田と同じようにストレートを見極められているという懸念を感じていた。

(細田、お前も同じことを考えていたか。ならば念には念を入れてカーブにしよう)

 太田が次に出した外角カーブのサインに、細田も首を縦に振った。

 結果を先に言ってしまうと、この2人が考えていた細田のストレートが安達に見極められているという仮説は半分当たっていた。なぜ半分かというと、安達が見極めていた球は、ストレートだけではなかったからだ。

(おっ、カーブきた。細田のカーブはピッチングマシーンのカーブの中と強の中間くらいの曲がりだからこの感じだと外角のちょうど真ん中くらいの高さにくるな)

 安達は細田がカーブを投じてからベース上に球が到達するまでの約0.6秒間にこのようなことを瞬間的にはじき出しながらバットを振った。

「カキーン!!」

 安達の打球は低い弾道でセンター方向に真っすぐ飛んでいった。そしてセンターを守っていた高木の頭も超えて外野のフェンス上段にぶつかり綺麗に真っすぐ跳ね返った球をセンター高木は素手でキャッチするとそのまま素早く二塁に送球した。

「アウト!!」

 幸い安達が二塁で刺される前にセカンドランナーはホームに生還していたため、試合は1対1の振出しに戻ったところで、7回表の船町北の攻撃は幕を閉じた。

 船町北 1-1 三街道