安達弾~打率2割の1番バッター~ 第5章 春季大会2回戦 船町北VS三街道①

 西暦2016年。5月1日。春季大会2回戦。船町北VS三街道。夏の大会のシード権を掛けた大事な試合が始まった。

 この日の船町北高校スタメンは、1番センター星、2番ライト白田、3番レフト水谷、4番ファースト安達、5番ピッチャー黒山、6番サード福山、7番セカンド新垣、8番ショート尾崎、9番キャッチャー鶴田。

 安達は初スタメンにして4番バッターを務めることになった。

 1回表。船町北の攻撃。

 相手先発細田の初球は、内角低めの速球だった。

「ストライク!」

(うわーなんだこのストレートは。背が高い上に腕の長い細田がオーバースローで投げてくるから落差があって捉えづらい。おまけに速度もあるし……これはまともに打てそうにないな。ならば、せめて転がして内野安打を狙ってみるか)

 星はバッドを短く持ち直してストライクゾーンに球が来れば積極的に打ちにいこうとしたが、細田が2球目に投げた外角高めの速球に手が出ず、あっという間に追い込まれてしまった。

(こうなったらスリーバント失敗覚悟でセーフティーバントでも狙ってみるか)

 星は細田が3球目を投げる瞬間、バットをバントの構えに変えた。

(えっ? 球が消えた?)

 星が困惑していると、突然視界の上の方から球が降ってきた。

「ストライク! バッターアウト!」

(一体何が起こったんだ?)

 星はキツネにつままれたような不思議な気持ちを抱きながらベンチに戻ると、監督からきつく怒鳴られた。

「おい星! 何でバントの構えをしておきながら当てにいかなかったんだ!」

「すみません。何か球を見失っちゃったみたいで。最後の球ってどんな感じでしたか?」

「山なりのカーブだよ。ちゃんと集中しろよ!」

(カーブだったのか。ただでさえ高いリリースポイントからさらに山なりに投げるから一瞬視界から消えたんだな。細田のカーブ、要注意だ)

 4番バッター安達の前に1人でもランナーをためておきたかった船町北ナインだったが、その後の2番白田、3番水谷も細田の圧倒的な投球の前にバットを当てることすらできず、三者連続三振を食らってしまった。

 1回裏。船町北の守備。

 この日、人生初の守備につくことになった安達は、ガチガチに緊張していた。

「落ち着け落ち着け。冷静に冷静に。練習通り練習通り……」

 安達はそうやってぶつぶつと呟きながら黒山の初球を打とうとする相手バッターに集中していると、なんとそのバッターはいきなりセーフティーバントをしてきた。それも安達が守るファースト方向に。

(マジかよ!)

 全くの予想外だった初球セーフティーバントだったが、バント処理の練習を何度も繰り返していた安達の体は自然と転がる球の方へと動き出していた。

(ギリギリ間に合うか?)

 安達は球を拾うと、ファーストのベースカバーに入ったセカンドの新垣に急いで送球した。

(やべっ!)

 安達の送球は高めに抜けて、必死にジャンプをして腕を伸ばす新垣のさらに上を通過していった。

 安達の送球エラーにより、相手ランナーは二塁まで進んでしまった。

「すみませんでした!」

 必死に謝る安達に、エースの黒山が声をかけた。

「初試合の初守備の初球でいきなりセーフティーバントなんてされたら動揺もするよな。まあまだまだ初回だし、1点くらいはやってもいいくらいの気持ちで落ち着いて守ってこうぜ」

「はい!」

 ノーアウトランナー二塁。

(さっき安達にはあんなことを言ったが、俺は1点もやるつもりはねえ。ヒットどころかバントすらさせずに抑えてやる)

 キャッチャーの鶴田が要求したのは、内角高めのストレート。バントするのが一番難しいそのコースに、黒山は要求通りのストレートを投げ込んだ。しかし、相手バッターは器用にバットをコントロールしながら難なくサード方向へのバントを成功させてしまった。

(あのコースを一発で成功させるか。最初のバッターといいバント技術はかなりのもんだな。そして、次のバッターは……角田聡。一昨日の試合ではソロホームランにフェンス直撃のタイムリーツーベースの2安打2打点。このチームナンバーワンの強打者。1アウトランナー3塁。犠牲フライでも点が入ってしまうこの状況では絶対に迎えたくない最悪のバッター。さて、どうリードしたらいいか……)

 鶴田が悩んだ末に要求した初球は、外角低めのストレートだった。

(黒山の速球がこのコースに決まれば、犠牲フライでも打つのは至難の業だ。さあ角田、打てるもんなら打ってみろ)

 黒山の投げた球は、コーススピード共に鶴田の要求通りの素晴らしいものだった。恐らく強打者の角田でも、この球はホームランどころか犠牲フライにするのも難しかっただろう。まあそれは、角田が打ちにいっていたらの話だが……。

 黒山の指から球が離れるその瞬間、サードランナーがスタートを切り、角田は瞬時にバットをバントの構えに変えて外角低めにきたストレートをファースト方向に転がした。長打を警戒して深めに守っていたファーストの安達が球を掴んだ時には、すでにサードランナーがホームに到達していた。

 まさかまさかの3者連続初球バントという奇策により、三街道は無安打で貴重な得点をあげた。

「悪い。一昨日の角田のイメージでバントの警戒を怠った俺のミスだ。キャッチャー失格だな」

「まあまあ自分を責めるなよ。あっさりバントされた俺のミスでもあるんだしさ。まだ初回だし気長にいこうぜ。多分次の回で安達がホームランでも打ってすぐ追いついてくれるさ。なっ、安達。おい安達、聞いてんのか?」

「あっ、はいすみません。僕の最初のエラーのせいで点取られちゃって」

「そんな話してねえだろ。いつまでも引きずんなよ」

「はい……」

 この後、4番バッターを三振に打ち取り、波乱の展開だった1回裏が終わった。そして2回の表。安達の実戦初打席がやってきた。

(俺のエラーのせいで取られた1点……絶対取り返さないと)

 細田の投げた初球のストレートは、ど真ん中の甘いコースにきた。

(キター!!)

 安達は待ってましたとばかりにフルスイングした。しかし、身長の高い細田の投げた球の軌道は安達が思い描いていた軌道よりも若干下にズレており、バットは球の上を思いっきり叩きつけてしまった。結果はキャッチャーゴロ。安達はあっという間に打ち取られてしまった。

(甘いコースにいっちゃって一瞬焦ったけど、あっさり打ち取れたな。1年生で4番だからよっぽど打撃がすごいのかと思ったけど、期待外れだな)

 初対戦の安達に対してそんな印象を抱いたピッチャーの細田に対して、キャッチャーの太田は全く正反対の印象を感じていた。

(あんなえげつないスイング音初めて聞いた! この1年生、要注意だな)