安達弾~打率2割の1番バッター~ 第4章 春季大会スタート

2022年2月27日

 西暦2016年。4月15日。春季大会地区予選初戦。船町北高校の相手は鈴村第一という最近創立したばかりの高校だった。

 この日の船町北の先発投手水谷は、変化球を低めに集めた丁寧なピッチングで3回を1安打0四球2奪三振無失点に抑えた。4回から登板した白田も、スライダーとシュートの横の揺さぶりに相手打線は翻弄され、3回を無安打1四球4奪三振無失点に抑えた。

 一方打線の方は、スタメン全員が安打を放つなど5回を終えた時点で7得点。そして6回裏の攻撃では4番の黒山が3ランホームランを放ち、船町北校は初戦を6回コールド勝ちで収めた。

 鈴村第一 0-10 船町北

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 そして2日後の4月17日。船町北高校の春季大会本戦行きが掛かった代表決定戦。相手は静山南という今年創立70周年の伝統ある高校で10年前には甲子園出場経験もあるが、ここ数年はあまり活躍出来ずにいた。

「船町北は守備のチームだと思っていたが、前の試合では10得点のコールド勝ちをしている。攻撃面でもあなどれない。正直今のうちの力では勝つのが厳しい相手だろう。それでも何が起こるか分からいないのが野球というスポーツだ。とにかく死に物狂いで1点でも多くの得点を取り、1点でも少ない失点で抑える。そうすれば必ず勝機が見えてくるはずだ。お前ら気合い入れていくぞ!」

「はい!」

 静山南高校監督の熱い言葉に、静山南ナイン達の闘志は最高潮に達した。

 1回表。静山南高校の攻撃。

「ストライク・ワン!」

「ストライク・ツー!」

「ストライク・スリ―!」

「ストライク・ワン!」

「ストライク・ツー!」

「ストライク・スリ―!」

「ストライク・ワン!」

「ストライク・ツー!」

「ストライク・スリ―!」

 この日の船町北高校の先発黒山の速球に、静山南のバッター達は全く手が出ず、いきなり三者連続三球三振を食らった。

(あんな球、どうやって打つんだよ……)

 最高潮に達していたはずの静山南ナイン達の闘志は、たちまち下がっていき、その後も静山南は黒山から点を奪うどころかヒットすら打つことが出来なかった。

 一方この日の船町北打線は前回の試合に引き続きスタメン全員が安打を記録するなど7回で8得点を奪い、船町北高校は2試合連続のコールド勝ちという最高の形で春季大会本戦出場を決めた。

 静山南 0-8 船町北

(今までうちのチームはコールド勝ちなんてしたことはほとんどなかった。それが地区予選とはいえ2試合連続のコールド勝ちとは。うちのチームは確実に力を付けてきている。これに安達の打力が加われば……甲子園も夢じゃない)

 鈴井監督はこの2試合の結果に確かな手応えを感じていた。

※高校野球のコールド勝ち条件:5回終了して10点差以上または7回終了して7点差以上ついた場合

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 西暦2016年。4月29日。春季大会初戦。相手は千葉北高校。千葉県では毎年そこそこの成績を残す中堅校として知られている。

 船町北高校は水谷、白田、黒山がそれぞれ3回ずつ投げ、水谷1失点、白田1失点、黒山無失点。打線は初回に2得点、3回に2得点、そして7回に3得点を上げ、船町北高校は無事初戦を制した。

 千葉北 2ー7 船町北

「お前らまだ帰るなよ。次の試合を見ていくぞ。この試合で勝った方が次のうちの対戦相手だ。夏の大会のシード権が確定する大事な試合の相手だからしっかり研究していくぞ」

「はい」

「えーと、三街道対千葉第二か。三街道は確か去年の夏に対戦してるな。マネージャー、結果はどうだったっけ?」

「10対1で勝ってます」

「ああ思い出した。たしか1年生のひょろひょろのピッチャーが1人で投げてたよな。珍しくうちが二桁得点した試合だから印象に残ってるよ。千葉第二はなかなかの実力校だし、順当に行けば千葉第二の方が勝ち上がりそうだな」

 ところが、鈴井監督の予想は大きくはずれることとなった。

 三街道の先発細田が、千葉第二打線を2安打無失点と完璧に抑え込み完封勝利を収めたのだ。

 三街道 2-0 千葉第二

「細田か。凄いピッチャーだな。2メートル近い高身長の長い右腕から繰り出される落差のあるカーブと150キロ近いストレートを組み合わせた見事な投球術。三街道はあんなピッチャーを隠していたのか。どうして去年うちと対戦した時は出ていなかったんだ?」 

「あの―監督」

「どうしたマネージャー?」

「去年三街道と対戦した時のひょろひょろのピッチャーいたじゃないですか。あのピッチャー、名前が細田になってるんですよ」

「えっ、ということは?」

「はい。恐らく同一人物です」

「あれからたったの1年足らずでここまで急成長したのか……これだから高校生は恐ろしい。明後日は厳しい試合になりそうだな。おいお前ら、細田の球打てそうか?」

 監督の言葉に、船町北部員達は黙ってうつむいた。ただ1人を除いては……。

「はい……多分打てます」

 そう答えたのは安達だった。

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 西暦2016年。4月30日。春季大会2回戦前日。

 船町北高校グラウンドでは守備練習が行われ、安達が一塁守備を無難にこなしていた。その様子を見ながら、監督は明日の一塁手のスタメンを誰にするのかで悩んでいた。

(ついこの前まではキャッチボールすらまともにできなかった安達が、たったの1ヶ月足らずでここまで急成長するとは。特にキャッチングだけならキャプテンの上杉にもひけをとらない程だ。おそらく子供の頃から毎日ピッチングマシーンが投げる速球を見なれていたおかげで動体視力が良いのだろう。だがしかし……人生初めての実戦が夏の大会のシード権が掛かった重要な試合となるとさすがに心配だな)

 その時、守備練習をしていた安達が本塁への送球を高めに暴投するエラーをした。

(これが怖いんだよなー。守備練習を始めたばかりの頃と比べたら大分ましになったものの、今でもたまにやらかす送球ミス。いくら一発が期待できるからといって、安達をスタメンで出すのはやはりリスクが大きい。ここはやはり上杉をスタメンにするべきか……)

「監督! 今明日のスタメンのこと考えてませんでした?」

 監督にそう声をかけてきたのは、キャプテンで現一塁手スタメンの上杉克己だった。

「お前はメンタリストか! ああ考えてたよ。一塁のスタメンをお前にするか安達にするかをな」

「やっぱりそうでしたか。監督、明日のスタメンは絶対安達にするべきです」

「お前試合に出たくないのか? キャプテンのくせに偉く消極的だな」

「こんなこと言ったら怒られるかもしれないですけど、正直言って出たくないっすよ。だって昨日の試合のピッチャー見ました? 僕じゃあ絶対打てませんよ。というかうちのチームでまともにあの球を打てるのは安達くらいじゃないですか?」

「まあ確かにそうだな。もしも安達がスタメンで出なかった場合、おそらく得点できたとしても1、2点がやっとだろう。だがそれは相手にも言えること。明日は黒山を最後までいかせるつもりだ。元々3投手の中でも頭一つ抜けた実力を持っていたが、ここ最近の急成長ぶりには目を見張るものがある。そうそう、安達にホームランを打たれた頃からだよ。あそこから明らかに雰囲気が変わった。内心相当悔しかったんだろうな。今の黒山なら、三街道打線を完封できる可能性は高い。それなら守備に不安がある安達を出すよりも、お前がスタメンに出て確実に守りきる本来のうちのスタイルで戦う方が勝率が高いと思うんだよな」

「監督! ちょと目先の勝負にこだわり過ぎじゃないですか? もしも明日安達がエラーして試合に負けたとしても、たかがシード権を失うだけです。うちはピッチャーが3人もいますし、1試合増えるくらい大したリスクじゃないっすよ。それよりも今大事なのは、夏の大会の前に安達に1試合でも公式戦の緊張感の中での試合をフルで経験させること。それがうちの甲子園初出場への確率を上げる一番の選択だと僕は思います」

「キャプテンのお前がそこまで言うなら……わかった。明日のスタメンは安達にする。ただし、終盤でうちがリードしていたら守備固めで出場してもらうからな。ちゃんと準備しておけよ」

「はい、ありがとうございます」

(上杉克己……最初のキャプテン候補だった黒山にプレイに集中したいからと断られ、消去法でキャプテンになってもらったという経緯もあって今一つパッとしない印象だったが、今ではすっかり頼れるキャプテンに成長してくれたな。安達、黒山、そして上杉……たったの1年足らずで急成長した細田の投球を見てすっかり弱気になってしまっていたが、うちのチームだって絶賛急成長中だ。明日は安達を加えた新生船町北高校のデビュー戦。シード権どうこう考え過ぎず、新しいチームの船出を見守っていくとするか)