安達弾~打率2割の1番バッター~ 第3章 船町北高校入部②
「カキ―ン!!!!」
安達の打った球は、空高く真上に打ち上がりキャチャ―フライとなった。
(俺のストレートにいきなり当てやがった。しかもタイミングまでばっちり合ってる。こいつ、ただ者じゃないな)
(完璧に捉えたと思ったのに……少し上に浮いた? これが生きた球って奴か)
2打席目。
(160キロの速球をマシンで打ち慣れてる安達にいきなりストレートは無警戒過ぎたか。次は慎重に攻めていこう)
1球目に鶴田が要求したのは外角低めのカーブ。見逃しストライク。
2球目は外角低めボール2個分外に外れたスライダー。ボール。
3球目は内角低めのカーブ。見逃しストライク。
(よし追い込んだ。それにしても、全然振ってこないな。ストレート狙いか? ならばストレートを空振りさせてやる)
4球目は真ん中高めのつり球ストレート。見逃しボール。
(これも振らない。一体何を狙ってるんだ? もう一回外してみるか? いや、この勝負は四球でも負けだしカウントを悪くはしたくない。うーん……いかんいかん。色々考え過ぎだ。こういう時は基本に戻ろう)
5球目は外角低めのストレート。僅かに低目に外れてボール。
(やっべー逆に追い込まれた。安達は1回も振ってないのに。もしかして最初から四球狙いで振らなかったのか? ならばなんとしてもストライクゾーンで勝負しないと)
6球目に鶴田が要求したのは内角低めのスライダー。しかし、その要求に黒山は首を振った。ならばと同じ内角低めのカーブ。しかしそれにも黒山は首を振る。
(2回続けてストレートの後だから本当は投げさせたくないけど……しょうがないな)
鶴田は1打席目と同じ内角高めのストレートを要求し、黒山は満足そうにうなずいた。
(今度は当てさせない。完璧にねじ伏せてやる)
黒山はこの勝負で初めて大きく振りかぶったワインドアップ投法を披露した。
(黒山がワインドアップで投げるのは本気の時だけ。黒山の全力ストレートなら絶対抑えてくれるはずだ)
黒山の投じた球は、若干真ん中よりに入ったものの150キロを超えるこの日最高のストレートだった。
「カキ―ン!!!!」
打球はセンター方向にグングン伸びていき、100メートルもある防球ネットを超えるギリギリの位置に突き刺さった。
「すげー!」
「めっちゃ飛んだな!」
「やべーよ安達!」
「さすが特待生!」
勝負の行方を見守っていた部員達は、口々に安達を絶賛した。
(信じられない。あの最高のストレートをあそこまで運ばれるだなんて……)
高校からずっと黒山の球を受けてきた鶴田にとって、今起きた出来事は信じ難いことだった。
(防球ネット去年10メートル延長したばかりなのに。これはあと20メートルは延長しないとダメそうだな。理事長追加予算出してくれるかな……)
鈴井監督は金の心配をしていた。
「おい安達! 今のホームラン、ストレートを狙ってたのか?」
思わず安達に声をかけたのは、たった今ホームランを打たれた黒山だった。
「いや別に。ストライクゾーンに入ってきたんでただ振っただけです」
(ただ振っただけって……こいつ、とんでもない天才だな)
「監督! 夏の大会と言わずに春季大会から安達を使うべきではないでしょうか?」
「黒山、お前切り替え早過ぎないか? さっきまでこんな素人にバックを守られたくないとか言ってたよな」
「切り替えが早いのは僕の長所です。せっかくうちの部にこんな天才が入ってきたんですから夏の大会の前に実戦経験を少しでも多く踏ませるべきだと思います」
「僕もそう思います」
「俺もそう思います」
「俺も」
「僕も」
部員達は次々に黒川の提案に賛同した。
「まあ確かに一理あるな。これからどの程度安達の守備がものになるか次第だが検討してみよう。ただし、安達を先発で出場させるとするなら夏の大会のシード権が確定するベスト16まで残ったあとだ。それまでは代打要員としてベンチで待機してもらう。みんなそれでいいな」
「はい」
安達の部活初日。ユーティリティープレイヤーだと思われていた安達の正体がバッティング以外野球ど素人だとばれてしまう波乱の幕開けとなったが、黒山との勝負で特大ホームランを放ち完勝したことで一気に部員達の信頼を勝ち取った安達は、無事船町北高校野球部の仲間として受け入れられることとなった。
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西暦2016年。4月14日。春季大会地区予選前日。
この日までに入部した部員は安達を除いて13人。去年の夏の大会ベスト8、秋の大会ベスト4の実績がある高校としては少ない人数だが、つい2年前までは弱小だった船町北校にとっては2桁を超えただけでも喜ばしいことだった。しかし、今年の新入部員達の実力はというと……微妙だった。
レベルの高いシニアチームや中学の野球部などでレギュラーだった部員は皆無。補欠レベルやレギュラーだったとしてもレベルの低いチームだったりと、即戦力になりそうな部員は1人もいなかった。
そんな新入部員達の中に、ひと際目立つ1人の男がいた。その名も川合俊二。身長190センチ。体重85キロ。つい先月まで中学生だったとは思えないほどの恵まれた体型の持ち主。新入部員の自己紹介の際に初めて川合を見た鈴井監督や部員達は皆こう思った。
(こいつはすごそうだ)
しかし、そんな期待は川合の自己紹介が始まった瞬間、無残に打ち砕かれた。
「川合俊二。中学時代はバレー部でした。野球は未経験です」
そんな訳で、この日発表された春季大会地区予選のベンチ入りメンバーの中に今年の新入部員は安達以外1人も入らなかった。そして2年生メンバーも、レギュラーは外野手でリードオフマンの星のみ。他の2年生は補欠でベンチ入りするのがやっとの状態だった。
(うちのチームは本当に選手層が薄いな。甲子園出場を狙えるとしたら、今年の夏がおそらくラストチャンスだろう。そのためにも、まずは春季大会でベスト16以内に入って夏の大会のシード権を取らないとな)
鈴井監督は春季大会を前に改めて気を引き締めていた。
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