安達弾~打率2割の1番バッター~ 第3章 船町北高校入部①

「来年入ってくるあのユーチューブの特待生、どこでも守れるらしいぞ」

 船町北高校野球部員達の間で、そんな噂が広まっていた。

(やばい、俺レギュラー外されるかも)

 部員の中で唯一の1年生レギュラー星広宣は危機感を抱いていた。俊足を生かした守備力を買われて秋季大会から9番の外野手としてレギュラー入りを果たした星だったが、打率はわずか1割6分6厘。層が薄く他に良い選手がいないため運良くレギュラー入り出来たことは、星自身が一番理解していた。

(もっと頑張らないと)

 星は自分の俊足を生かしたバッティングスタイルを磨き続けた。少しでも内野安打になる確率を上げるため、左打者の星は徹底して逆方向に球を飛ばす練習を繰り返した。また、セーフティーバントやバントに見せかけたバスター、そして盗塁の練習にも力を入れ、星は確実に力をつけていった。

 黒山、白田、水谷の3人のピッチャーを除く他のレギュラー陣も星と同じように危機感を抱いていた。チーム内で打率3割を超える選手は、ピッチャーと兼任で外野手としても試合に出ているこの3人だけ。他のレギュラー陣も星同様に今まで以上にバッティング練習にも力を入れるようになっていった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 西暦2016年。4月1日。船町北高校野球グラウンド。

「みんな集合! 彼が噂の特待生、安達君だ。入学式は来週だが、今日から練習に合流してもらうことになった。じゃあ安達君、自己紹介を」

「みなさん初めまして。安達弾です。自分はまだまだ未熟者でチームの力にすぐにはなれないかもしれませんが、これから一生懸命練習に励み少しでもチームの勝利に貢献出来るよう頑張りますのでどうかみなさんよろしくお願いします」

 安達の自己紹介が終わると、一斉に大きな拍手が沸き起こった。

(あのバッティングセンス、そしてどこでも守れるユーティリティープレイヤーでありながらのこの謙虚さ。彼を特待生にして本当に良かった)

 鈴井監督はそうしみじみと実感していた。

「よし、それじゃあ柔軟体操とキャッチボール始めるか。星! 今日から安達君と組んで練習してくれ」

「はい! 安達君、よろしくね」

「星先輩、よろしくお願いします」

 柔軟体操を終え、キャッチボールを始めた2人。星が安達の胸元に投げた球を、安達はポロリと落とした。

「安達君、緊張してる?」

「いえ、すみません」

 続けて安達が星に投げた球は、星の頭上1メートル上を超えていった。

「安達君、やっぱり緊張してるでしょ。もっとリラックスリラックス」

「いえ、緊張はしてないですよ。ただ、キャッチボールやるの初めてなもんで。すみません下手くそで」

「はっはっは! 安達君はおもしろい冗談を言うね」

 初めはそう笑っていた星だったが、何度も球を落としたり大きく外れた球を投げてくる安達を見て、星の顔は次第に曇っていった。

「もしかして安達君、キャッチボールやったことないって本当なの?」

「キャッチボールっていうか、ピッチングマシンの球を打つ以外は何もやったことないです」

「えーーーー!!!!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 安達弾はユーティリティープレイヤー。そう思い込んでいた船町北高校野球部員達と鈴井監督だったが、実はそれは間違いだったどころか、安達弾はどこも守れずキャッチボールすらろくに出来ないことが発覚した。

「すみませんでした。まさか親父が監督にそんな嘘を付いていただなんて」

「いや、今思い返してみるとどこも守れないって言おうとしたお父さんの言葉を俺がどこでも守れると早とちりしてしまったような気がする」

「もしかして僕、特待生取り消しとかになっちゃいますか?」

「いや、それは大丈夫だ。とりあえず夏の大会までには何とか形だけでも守れるようにしてもらって、守備位置はそうだな……一番負担の少ない場所と考えるとレフトだが、ピッチャー兼外野手の3人は外したくないし、星もここ半年で急成長して今やうちのリードオフマンだからな……よし、じゃあ安達君には一塁を守ってもらおう。今日から特別メニューで徹底的に鍛えるぞ」

「監督! いい加減にしてください。こんな素人にバックを守られたら安心して投げられませんよ。ちょっとこいつを特別扱いし過ぎじゃないですか」

 そう言って監督に抗議したのは、左投げの剛腕ピッチャー黒山聡太だった。

「ああ。確かに俺は安達君を特別扱いしている。ただそれはこのチームの力を上げて甲子園に行くためだ。例え守備で何度かエラーをするリスクを負ってでも先発で使うだけの価値が彼のバッティングにはあると俺は確信している」

「僕はそうは思えませんね。確かにマシンの球を打つのは得意みたいですが、だからといって人が投げる生きた球を打てるとは限りませんよ」

「よーし、じゃあ実際に試してみるといい。黒山、安達君と勝負しろ」

「望む所ですよ」

「ルールはどうする?」

「3打席勝負で1回でもエラー以外で出塁を許したら俺の負け。それでどうですか?」

「それじゃあバッターに有利じゃないか?」

「実戦経験のない素人相手にたったの3打席すら抑えられないようじゃ甲子園なんていけませんよ」

「良い心掛けだ。じゃあその条件で勝負してもらおう。安達君もそれでいいな?」

「は、はい……」

 こうして、安達弾VS黒山聡太の3打席勝負が始まった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 1打席目。キャッチャーの鶴田伸介は1球目に内角高めのストレートを要求した。

(実戦経験のない左打者の安達が、左投手の黒山が投げる内角高めの150キロ近い速球を初見で打てるはずがない)

 鶴田のその考えは黒山と一致していたらしく、黒山はすんなりとうなずき投球モーションに入った。

(マシン専門のド素人め。打てるもんなら打ってみろ)

 黒山の投じた球は、キャッチャーの要求通り打者の内角高め目に真っすぐ向かっていった。

「カキ―ン!!!!」