安達弾~打率2割の1番バッター~ 第29章 理事長からの呼び出し③

2022年4月6日

「そんな条件飲める訳ないだろ! うちの高校はただでさえあまり金銭的な余裕がないというのに、野球部ばかり優遇する訳にはいかん」

「お言葉ですが理事長、今回うちの野球部が甲子園出場を決めたことで、相当寄付金が集まるのではないですか?」

「まあ確かに、まだ昨日の今日だというのに寄付を申し出るOB達の電話が鳴りやまない状況だ。これから正式に寄付を募れば、おそらく数千万単位の寄付金が集まるだろう」

「ならば、金銭的な余裕がないという課題はクリアできそうですね。第一、せっかく集めた寄付金を野球部のために有効活用しなければ、支援者の方々にも失礼ですよ」

「お言葉ですがね鈴井監督、甲子園に出場した場合、勝てば勝つほどお金がかかるのだよ。選手達や監督分の滞在費や旅費こそ、主催の夕日新聞社から支援金がある程度出るが、他の応援にくる生徒達などの分は全てこの寄付金で賄わなければならない。他にも応援用具を揃えたり、事務費用など諸々計算すると、1試合当たり1千万円近い費用が必要になるのだ」

「げっ! そんなにかかるんですか」

「つまり、勝ち上がれば勝ち上がるほど滞在費用はどんどんかさんでいき、経済的な余裕がなくなっていくという訳だ。にもかかわらず、1試合勝つごとに特待生枠を増やすなんてさらに金がかかる条件、飲めるはずがないだろ。残念だが、諦めるんだな」

(マジかよ。まさか甲子園の試合に出るだけでそこまで費用がかかるとは。しかも、勝てば勝つほどマイナスになってしまうだなんて。いや、でもこの計算には、1番大事な部分が考慮されていないじゃないか。まだ交渉の余地はある)

「確かに理事長がおっしゃられるように、勝ち上がれば勝ち上がるほど経費はかさんでしまいます。ただし、マイナス面ばかりではありません。甲子園の試合は、毎試合テレビで全国放送され、毎年高い視聴率を記録しています。そしてその試合結果も、全国のニュースや新聞各紙、さらにはネットニュースなんかでも大々的に報道されます。その宣伝効果たるや、金額に換算すれば1試合当たり数億円は下りません。そう考えれば、例え1試合当たり1千万円の費用がかかったとしても十分におつりがきます。うちの野球部が勝ち上がって、その度に船町北高校の知名度が上がる。そうすれば、地元だけでなく全国からの入学希望者も増えて、理事長が頭を悩ませている定員割れの問題だって解決するはずです」

「入学希望者が増えるか。確かに、うちの高校は慢性的な生徒不足に悩まされている。少子化の影響もあり、かつてはほぼ100%だった入学定員充足率も、ここ数年で80%近くにまで減少している。これが再び100%まで戻るならば、経営はかなり楽になるだろうな。うーん……仕方がない。鈴井監督の条件を飲みましょう」

「本当ですか? ありがとうございます」