安達弾~打率2割の1番バッター~ 第26章 夏の甲子園千葉大会準決勝 船町北VS千葉修道⑭

 8回裏。5点を追加し圧倒的有利に立ったと思われた船町北だったが、偶然にも春季大会で船町北と対戦した際に吉田を打ち崩して逆転した時と同じ3対8というスコアになったことから、逆に千葉修道の士気を上げてしまう結果となってしまった。

 そして9回表。

(吉田、お前も今頃思い出しているんじゃないか? あの春季大会で俺達に打ち崩された時のことを。あの屈辱を、また味合わせてやるぜ)

 そう意気込んで打席に立った3番の立花に対して、吉田は2球続けてストレートを、内角低めと外角低めに投げ込んだ。

「ストライク!」

「ストライク!」

(球威も制球も全然衰えてねえ。監督……こいつ全然疲れてないじゃないっすか)

 そして3球目、外角のストライクゾーンから地面スレスレに落ちていく絶妙なコースのチェンジアップに、立花のバットは空を切った。

「ストライク! バッターアウト!」

 9回1アウト。千葉修道にとってはかなり厳しい状況になったものの、まだまだ選手達は諦めていないどころか、むしろ春季大会で吉田を打ち崩した時と同じ9回1アウトという状況になったことで却って次の打席に立つ4番真山の士気は高まっていた。

(俺達の大逆転劇が今、ここから始まる)

 そんなナレーションを心の中で言いながら打席に立った真山に対して、吉田は初球、内角へスライダーを投げた。

「カーン!」

「ファール!」

(もう少し甘く入ってくれれば捉えられたのに……ここにきてまだこんなコントロールができるのか)

 2球目、内角低めへのカーブを真山は見逃した。

「ストライク!」

(げっ! 今のボールじゃねえか? いや落ち着け。今更審判に文句を言ったところで結果は変わらない。追い込まれてしまったからには、際どいコースの球も全部打ちにいく。長打はいらない。最低でもヒットを打って出塁だ)

 3球目、内角高めへのストレート。

「カーン!!」

「ファール!」

 4球目、内角低めへのチェンジアップ。

「カーン!」

「ファール!」

 5球目、外角低めへのストレート。

「カーン!」

「ファール!」

(くそっ、際どいコースばかりに投げてきやがるから、カウントが一向にノーボール2ストライクのままだ。ていうかあいつ、あの時とおなじ9回1アウトの3対8だってのに、一切精神的な動揺が見られない。もうとっくにあの日のことは忘れているのか、それともトラウマを乗り越えて進化したのか、どちらにしろ厄介だな)

 そんな立花の推理は、どちらとも外れていた。実は吉田は8回裏に3対8になった時点で、このスコアが自分にとって縁起の悪いスコアだということを、誰よりも先に気が付いていた。