安達弾~打率2割の1番バッター~ 第2章 安達弾中学生②

 西暦2015年。11月9日。午後8時。安達バッティングセンター。

「おい親父! 約束が違うじゃねーか」

「まあまあ落ち着けって。せっかくお客さんがあのピッチングマシーン目当てで来てくれるようになったんだからさ。営業が終わるまではお客さんに使わせてくれよ」

「ならもう1台買ってくれよ。客が増えて儲かってんだろ」

「無理言うなよ。増えたっていってもこれがいつまで続くかも分からないんだぞ。だいたいお前な、もう受験生なんだし勉強しろよ。バッティング練習は朝だけで十分だろ」

「受験なんてしないよ。俺、野球の特待生枠で進学するつもりだから。あの動画そこそこバズってるみたいだし、きっとその内スカウトがくるんじゃないかな」

「馬鹿野郎! 実践経験のないお前がスカウトなんてされる訳ないだろ。だいたいピッチングマシーンの球がいくら打てたって人の投げた生きた球が打てるとは限らないんだぞ。あんまり調子に乗るんじゃ……」

「あのーすみません」

「あっ、お客さんすみません。ここ営業は8時まででして」

「いえ、実は私こういう者でして。弾君のスカウトに参りました」

「えっ! スカウトですって!」

「はい。実はユーチューブの動画を拝見しまして、ぜひ弾君に我が船町北高校野球部に特待生枠で入っていただきたくご挨拶に参りました」

「あのーちょっとここで待っててくださいね」

 弾の父親はそう言うと弾を連れてこそこそと後ろの方で相談を始めた。そしてしばらくすると二人は悲しそうな顔をして戻ってきた。

「あのーお話はありがたいのですが、実はうちの子、中学を卒業したら働いてもらおうと思ってるんです」

「えっ! そんな……」

「お恥ずかしい話、バッティングセンターの経営がうまくいってなくて。だから高校へは行かせてやれないんです」

「大丈夫ですよ。特待生枠ですから、入学金と授業料は全てうちで負担させていただきますし」

「それでも部費とか寮費とかはただじゃないですよね」

「ええまあ。だいたい年間50万くらいはかかるかと」

「うーん厳しいな。せめてうちにあのピッチングマシーンがあともう1台あればなあ……」

「あのピッチングマシーンって、動画で弾君が打ってたあれですか?」

「はい。最近あの動画きっかけでお客さんがちょっとだけ増えたんですがね、1台しかないものですから大した儲けにならなくて。せめてあともう1台あれば売上が倍増してなんとか弾を高校に行かせてやれると思うのですが……」

「親父、もういいよ。俺さ、野球はきっぱりやめるよ。甲子園に行くのが子供の頃からの夢だったけど、でも生きてくためには仕方がないよ」

「ゴメンな弾。甲斐性のない父親で」

「何言ってんだよ親父。俺にとって親父は、世界一の親父だよ」

「弾……」

「親父……」

 2人はうつむきながら肩を震わせた。

「分かりました。じゃあこうしましょう。私がそのピッチングマシーンをプレゼント致します。それでうちの学校に入っていただけますか?」

「えっ、いいんですか?」

「正直痛い出費ですが、弾君の才能をここで潰してしまうのはもったいないですよ。あっ、このことはくれぐれも内密に」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「それではこの書類にサインを……はい。確かにいただきました」

「どうか息子をよろしくお願いします」

「監督、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 安達バッティングセンターを後にした鈴井監督は、ある重要なことを聞き忘れていたことに気が付いた。

(そういえば弾君、ポジションどこなんだろう?)


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 それから数日後。

「はい鈴井です」

「もしもし安達です。ピッチングマシーン届きました。鈴井監督、本当にありがとうございました」

「いえいえ。ところで安達さん、弾君について聞きたいことがあるのですが?」

「何でしょう?」

「弾君のポジションってどこですか?」

「あのですね、実はうちの息子、どこも守れ……」

「えー!! どこでも守れるんですか。すごいですね。あれだけのバッティングが出来てさらにユーティリティープレイヤーだなんて。いやー来年の春が本当に楽しみですよ。あっ、すみませんこれから練習が始まりますのでこれで失礼します」

「あっ、いや違うんですよ。弾はどこも守れなくて。あー切れちゃった」