安達弾~打率2割の1番バッター~ 第2章 安達弾中学生①
西暦2015年。11月2日。
弾の父親が経営するバッティングセンターに突然、カメラを持った若者がやってきた。
「あのーすみません。僕ユーチューバーなんですけど、カメラの撮影ってやっても大丈夫ですか?」
「ユーチューバー? 」
「あのー簡単に言うと、動画を撮影してユーチューブにアップするっていう活動をしてるんですけど」
「へ―よくわかんないけど、他のお客さんの迷惑にならなければって、他にお客さんなんていないか。どうぞどうぞ。勝手に撮ってください」
「ありがとうございます。じゃあ早速撮影してきますね」
そういうとユーチューバーは、自分にカメラを向けながら撮影を始めた。
「どうもーバッセン紹介系ユーチューバーのタケちゃんでーす。今日はですね、千葉県になる安達バッティングセンターという所にお邪魔してまーす。じゃあ早速打ちにいきましょうかね。えーと、ここの打席はストレートの80キロ、こちらの打席はストレートの100キロ、そしてこちらの打席はストレートの120キロということですがあれ? 向こうの方にもあるみたいですね。ちょっと行ってみましょうか。えーと、こちらの打席はストレートが160キロと140キロ、スライダーとシュートとフォークが140キロ、カーブとシンカ―が130キロのランダム設定となっています。いやちょっとちょっと! これ難し過ぎません? 誰も打てないでしょこんなの。いやー今まで色んなバッセン行ってきましたけど、間違いなく最高難度ですよ。じゃあ今日はこの打席でいつもの100球チャレンジやってみたいと思います」
20分後。
「はい。とうことでね100球チャレンジの結果ですが、バットに当たったのがたったの18球、その内ヒット性の当たりはわずか5本と今までの最低記録を大幅に更新してしまいました。まーでもしょうがないっすね。これ難過ぎっすもん。逆に5本も打てた自分を褒めてあげたい。ということで、みなさんもここ安達バッティングセンターにきて是非チャレンジしてみてください。あとチャンネル登録もお願いしまーす」
撮影を終え、ベンチに座りながら撮影した動画の確認作業をしていたユーチューバー。作業を終え帰ろうとしたその時、鋭い打球音が聞こえ思わず目を向けると、そこにはあの最高難度の打席でバットを振るジャージ姿の青年がいた。
(近所の高校球児かな?)
その青年はその後も鋭い打球音をコンスタントに何度も響かせていた。
(あの激難の打席であれだけのバッティングが出来るなんて。あいつは一体何者だ?)
いてもたってもいられなくなったユーチューバーは、打席のバックネット裏まで近づくと、青年の撮影を始めた。
(身長は170の後半くらい。よく見ると顔がまだ幼いな。中学生か? もしかして俺、すごい逸材見つけちゃったかも。こいつは再生数稼げるぞ)
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船町北高校野球部は、創立から47年間甲子園への出場経験がなく、千葉の地方予選ではいつも1、2回戦で敗退するような弱小野球部であった。
そんな野球部が創立48年目の去年、夏の甲子園予選で初のベスト16入りを果たした。その原動力となったのは、1年生ピッチャー3人の活躍だった。
水谷卓也。右投げアンダースロー。多彩な変化球と制球力で勝負する技巧派ピッチャー。
白田佑介。右投げサイドスロー。スライダーとシュートの横の揺さぶりが得意なピッチャー。
そして黒山聡太。左投げオーバースロー。140キロ代の速球が武器の剛腕ピッチャー。
地元のシニアチームで活躍していたこの3人の入部によってチームの投手力は一気に上昇。また、この年から監督に就任した鈴井監督による徹底した守備練習により、以前はエラーだらけだった守備も次第に改善されていく。
創立49年目の今年の夏の甲子園予選ではベスト8。そして先月行われた秋季大会ではベスト4と躍進。船町北高校野球部は守備のチームとして千葉の強豪校の一角に数えられるようにまで成長していった。
しかし一方で、鈴井監督はこのチームに危機感を抱いていた。
(うちの野球部は守備のチームと言われるが、裏を返せば打線が弱いということ。事実、この前の秋季大会もチーム打率は3割を切り、ホームランはわずか1本。せめて打線の中軸に1人でも長打力のある選手が欲しいのだが……)
そんな最中、近年の野球部の活躍が認められ来年から1人だけだが特待生枠が認められることとなった。
(来年は節目の創立50周年。なんとしても甲子園初出場を決めたい)
鈴井監督は即戦力となる強打者をスカウトするため、地元のシニアチームや中学校の野球部を当たってみたが、有望な選手はすでに進学先が決まっていた。
(こうなったら全国各地の有望な選手を手当たり次第に当たるしかない)
鈴井監督はユーチューブにアップされていた中学野球の動画を色々と見ながら、スカウトする有望な選手をピックアップしていた。そんな最中、おすすめの動画の中にあったこんなタイトルの動画がたまたま鈴井監督の目に止まった。
【天才中学生バッター、千葉のバッセンで発見!!】
(天才中学生バッター? しかも千葉か。一応確認してみよう)
動画をクリックした鈴井監督は、やたらとテンションの高いタケちゃんと名乗る若者にイライラしながらも天才中学生バッターが登場するまで辛抱強く視聴を続けた。そして、ついに登場した中学生のバッティングを見た鈴井監督は驚愕した。
(無駄のないコンパクトなバッティングフォームから確実にボールを捉えるミート力! そしてこのパワー! なるほど、ここのバッティングセンターの子供なのか。しかも中学3年生。安達バッティングセンターか。えーと、ここから車で30分くらいだな。明日の部活終わりにでも行ってみるか)
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