安達弾~打率2割の1番バッター~ 第21章 春季大会開幕⑦
思わず全力のストレートを投げる比嘉。空振りするバッター。
(よし!)
比嘉がそう思ったのも束の間、キャッチャーはこの球をパスボール。ボールが後ろに転がっていく間に1点取られてしまった。
その後も、キャッチャ―が捕れるように加減して投げると打たれ、かと言って本気で投げてしまうとパスボールされてランナーに走られる、そんな悪循環で失点を重ねていった。
1234567 計
那覇東 2011110 7
沖縄西 1030301 8
この試合は何とか勝てたものの、わざと手加減して投げるという行為を強要されることに比嘉のフラストレーションはピークに達しようとしていた。
そして次の2回戦で事件は起きた。
比嘉は初回から全力の投球を続けた。キャッチャーはパスボールを連発。三振は取れてもパスボールでランナーに振り逃げされランナーが塁に出る。それでもお構いなしに、比嘉は全力投球を続けた。
「タイム! ピッチャー交代!」
監督はたまらずピッチャー交代を告げると、比嘉に説教した。
「お前はあいつを潰す気か! 怪我でもしたらどうするつもりね!」
「キャッチャーってのは体中アザだらけになりながら成長していくもんでしょ! 怪我なんか怖がってたら捕れるもんも捕れるようになんねえよ! 監督は甘過ぎるっす!」
それ以来、比嘉がこのチームで投げさせてもらえる日は二度とこなかった。
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「川合、それ以上投げたら怪我するぞ。もうやめとけ」
「うっす。山田先輩ありがとうございました!」
「じゃあ次は比嘉の番だな。おい比嘉、早く準備しろ」
「あっ、はい」
何度か肩慣らしに軽く投げたあと、本気の投球をする比嘉。
「痛っ!」
ミットで捕り損ねた球が、腕や太ももなどのプロテクターで保護されていない部分に当たる度に悲鳴を上げる山田。
「先輩、大丈夫っすか? 手加減して投げましょうか?」
「テメエ調子に乗んなよ! 手加減なんかしやがったら許さねえからな!」
自分の球を完璧に捕ってくれる西郷先輩。そしてまだまだ完璧には程遠いものの、体中アザだらけになりながら自分の投球練習に付き合ってくれる山田先輩。キャッチャーに向かって全力の投球をするという当たり前のことができなくなった不遇の中学時代を乗り越えて、今こうして好きなだけ全力投球をキャッチャーのミット目掛けてできる喜びを、比嘉はひしひしと噛みしめていた。
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