安達弾~打率2割の1番バッター~ 第20章 特待生 比嘉流星の入部⑥

(ワンバンか)

 比嘉の1球目を見て、安達も西郷と同じようにそう判断した。

「ストライク!」

 しかし、比嘉のストレートは結局最後まで地面につかないまま低めいっぱいのストライクゾーンを通過していった。

(何なんだ今の球は。これはもう、キレのいい伸びるストレートなんてレベルじゃない)

 前に落とした球を拾いながら、ついさっき見た比嘉のストレートを思い出す西郷。

(あの角度なら、間違いなくワンバンするはずたい、そう思った瞬間、急激に浮き上がってそのままベースの上を通過していったばい。あいつ、変化球は投げられないとか言ってたけんど、それは嘘たい。だってあの球はもはや、上に浮き上がる変化球たい)

「先輩、なんでわざわざ体で止めたんすか? 普通に捕ればいいのに」

(あの野郎、あんな球を初見で捕れる訳ないだろうがたい。見え透いた嫌味を言いやがって、ほんとムカつくたい)

 比嘉の言葉を嫌味と受け取った西郷だったが、当の本人には全く悪気がなかった。なぜなら、比嘉は今投げたストレートがいかに凄かったのか、全く気付いていなかったからだ。

(安達先輩の動画をたくさん見る内に、俺は気付いてしまった。安達先輩は低めのコースの球を苦手にしているどころか、打ちにすらいかないことを。だから、俺はいつか安達先輩と勝負する時に備えて、低めのコントロールを重視したストレートを密かに練習していた。コントロールを重視する分スピードはかなり落ちるけど、安達先輩は絶対にこのストレートを打てない。このストレートを披露するのは、将来プロになった安達先輩と敵チーム同士で対戦する時だと思ってたけど、まさかこんなに早く使う機会がくるとはな)

 その後も比嘉は、初球と同じ球速を抑えた低めへのストレートを投げ続けた。

「ボール!」

「ストライク!」

「ボール!」

「ボール!」

 この4球の内、西郷は3度も球を捕り損ねた。

(くっそーフルカウントか。ちょっとでも高めにいくと打たれちゃうから、無意識の内に低めに意識がいき過ぎてしまう。練習ではうまくいっていても、実際に安達先輩を目の前にしながら低めのコースだけでストライクを3つ取るのはこんなに難しいのか。確かこの勝負、ヒットじゃなくて出塁を2回許したら負けだったよな。じゃあもう、この作戦はやめだ。最後の1球は、今の俺が投げられる全身全霊のストレートをど真ん中にぶち込んでやる。同じ負けるにしても、フォワボールを出して負けるくらいならこっちの方がスッキリするしな)

(とうとう次の1球で勝負が決まるな)

 バッターボックスの後ろから、スピードガンを片手に勝負の行方を見守る鈴井監督。

(それにしても、西郷の奴は何であんなに球をポロポロこぼしてるんだ? 前の2打席で比嘉が投げていた140キロ前後の、いや、多分あの表示は間違っていて、実際には150キロ以上は出ていたはずだ。そんな比嘉の速球ですら何とかキャッチできていた西郷が、この打席から比嘉が投げ始めた120キロ前後の遅い球を捕れないとは……よくわからんな)