安達弾~打率2割の1番バッター~ 第19章 ドラフト会議2016④

(あれっ? 今、水谷卓也って聞こえたような……聞き間違いだよな?)

 テレビに近付いて画面をしっかり確認すると、やはりそこには東北喜点イーグルスが水谷卓也を3位指名したことがテロップに出ていた。思わず頭を抱えながらその場にしゃがみ込むスカウトの野宮。

(他にも水谷君を指名してくる球団があるかも知れないとは思っていた。だが、それはあくまでも下位指名での可能性だ。それがまさか、3位でくるとは……やられた。今年の俺のスカウトは、3戦全敗か。今夜はヤケ酒だな)

 大阪西蔭高校の体育館では、ドラフト会議の結果を受けての記者会見が行われていた。多数の記者やカメラマンが詰めかける中、3球団に1位指名され売読ジャイアンツが交渉権を獲得した千石聖人と、同じく3球団に1位指名され埼玉東武ライオンズが交渉権を獲得した百瀬剛三がそれぞれインタビューに答えていた。

「甲子園の決勝で突然投げられなくなった時、ワイはもう一生野球できへんかもしれん。そう覚悟してました。トミー・ジョン手術をすれば治ると言われた時も、本当に復帰できるのか、そしてワイを取ってくれる球団が現れるのか、不安で不安でたまらんかった。でも今日こうして、阪神さん、ダイナマイトさん、そしてジャイアンツさんと1位指名を頂けて、本当にびっくりしたと共に、こんな怪我人のワイを拾ってくださったジャイアンツさんのためにも、絶対に意地でも完治して早くチームに貢献できるよう本気で気張らなあかん思ってます」

 そう涙ながらに感想を語った千石とは対照的に、百瀬は終始笑顔で話した。

「今回ご縁があった東武ライオンズさんの本拠地東武球場と言えば、僕が大ファンの国民的アイドルグループ虹スぺさんが毎年コンサートをやっている聖地なんで、ホンマ最高に嬉しいっす」

 一方その頃、船町北高校の体育館でも記者会見が行われていた。大阪西蔭ほどではないが、大勢の記者やカメラマンが見守る中、3球団に1位指名され東京ヤルグドスワローズが交渉権を獲得した黒山聡太と、東北喜点イーグルスに3位指名された水谷卓也がそれぞれインタビューに答える。

「3球団にも指名を頂けて本当に嬉しいです。そしてヤルグド牛乳やヤルグドうどんを子供の頃から食べて育ってきたので、そんなヤルグドさんに入団できるのも本当に嬉しく思います」

 会見ではこのような優等生発言をしていた黒山だったが、内心は自分が千石や百瀬と同じ競合数だったことに不満を抱えていた。

(怪我人の千石や2番手投手の百瀬と同じだなんて、俺も低く見られたもんだな。今に見てろ。来年は新人王をとって、千石や百瀬と圧倒的な差をつけて活躍してやるからな)

 そんな黒山がインタビューに答える中、水谷は軽くパニック状態に陥っていた。

(やばいぞ。千葉GuMマリーンズに入るもんだと思っていたから、これから毎日千葉GuMさんのガムを噛みながら練習頑張ります、て言うつもりだったのにこのコメントは使えなくなっちまった。えーと、東北喜点と言えば仙台が本拠地。仙台の名産っていうと……牛タンくらいしか思いつかない)

「それでは次に、水谷君にもお話をお伺いします」

(やべっ、もう俺の番か)

「東北喜点イーグルスに指名された率直な感想をお願い致します」

「えーと、これから毎日仙台の牛タンを嚙みながら練習頑張ります」

 水谷のこの牛タン噛みながら発言は、スポーツニュースやスポーツ新聞などでこぞって取り上げられ、アンダースローとオーバースローを組み合わせた特殊な投球をするという珍しさも相まって、ドラフト1位指名を受けた千石、百瀬、黒山の3人以上に注目されることになろうとは、この時の水谷はまだ知る由もなかった。