安達弾~打率2割の1番バッター~ 第19章 ドラフト会議2016①

2021年5月19日

 夏休みが終わり9月に入った頃から、船町北高校野球部の練習に黒山、水谷、白田の投手3人が顔を出すようになった。
 
「いいかお前ら、来年の2月からはプロのキャンプが始まる。周りはみんなプロの世界で活躍している野球エリート達だ。しっかり体を作っておかないと、試合で活躍どころか練習にすらついていけなくなるぞ」

「はい!」

 鈴井監督はプロ入りを予定する3人に対して、今まで以上にハードな練習メニューを課した。その練習メニューを淡々とこなしながら、後輩達への指導も熱心に行う3人の姿は、新チームにとっていい刺激となっていた。

「あのー監督、ちょっと相談したいことがあるのですが……」

 そんな最中、練習終わりの白田から突然相談を持ち掛けられた鈴井監督。

「どうした? あっ、そう言えばお前まだプロ志願届出してないだろ。忘れない内に書いておけよ」

「実はそのことで相談がありまして……」

「もしかして、紙をなくしたのか? もう、しょうがない奴だな」

「違います。そうじゃなくて……」

「そうじゃなくて?」

「俺、やっぱりプロに行くのはやめようと思います」

「えっ! どうしたんだ急に? プロからスカウトの話がきてあんなに喜んでいたじゃないか」

「あの時は突然夢みたいな話がきて浮かれていました。でも、あれから少しずつ夢が現実味を帯びていく内に、冷静に考えるようになったんです。今の俺がプロに行ったところで、本当に活躍できるのかって」

「そりゃあできないだろうな」

「ちょっと監督、そんなハッキリ言わなくても」

「いや、お前に限った話じゃなくて、高卒のルーキーがいきなり1軍の試合で活躍だなんて滅多にないだろ。まっ、黒山くらいの逸材なら可能性もなくはないが」

「それはわかってます。俺が言いたいのは、将来的な話も含めてです。プロには黒山並みかそれ以上の逸材がゴロゴロいます。そんな化け物達がうじゃうじゃひしめき合う世界で1軍のレギュラーを勝ち取るだなんて、何年かかっても無理な気がしてならないんです」

「ならやめておけ。プロの世界で活躍するような奴はな、決まって俺ならプロで活躍できるって根拠のない前向きな自信を持っているものだ。お前みたいにうじうじマイナスなことばかり考えるような奴はな、どうせプロに行ったって活躍できねえよ」

「……その通りです」

「それじゃあもう野球はやめるのか?」

「実は先日、若田大学からスカウトの話がきまして。なので大学に行っても野球は続けるつもりです」

「そうか。野球はやめないんだな」

「監督の言う通り、今の俺には心技体全てにおいて自信が持てず、到底プロの世界で活躍だなんて考えられない状態です。なのでこれから大学の4年間死に物狂いで練習して、その時もしもプロの世界に飛び込めるくらいの自信と実力が身についていれば、改めてプロ志願届を出そうかと思います」

「わかった。スカウトの野宮さんには俺からも話しておくが、しっかり挨拶しておけよ」

「はい」

 白田が帰ったあと、鈴井監督は1人もやもやとした気持ちを抱えていた。

(せっかくプロに行けるチャンスだったのに、もったいねーな。俺なら絶対プロに行くけどな。まあでもあいつの人生だし、俺がとやかく言うことじゃないか。白田、お前が決めたこの決断を将来後悔しないように、大学に行っても精一杯頑張れよ)