安達弾~打率2割の1番バッター~ 第18章 1日だけの夏休み⑤
午後の8時。安達バッティングセンターの営業が終わると、少し遅めの夕食が始まった。
「弾、そして加藤ちゃんも喜べ。なんと今夜はしゃぶしゃぶだぞ」
「しゃぶしゃぶって言ったって、どうせ鶏むね肉だろ。もう昔から食べ飽きてるよ」
「それが違うんだなー」
「えっ、まさか……」
「じゃーん! なんと、牛肉だ!」
「牛肉だと! スゲーめっちゃ豪華じゃん」
「こんな食事ができるのも、弾の活躍のおかげだからな。遠慮はいらん。ガンガン食ってくれ」
「いっただきまーす」
「加藤ちゃんも遠慮しないで食べてってね。あっ、ビールも飲む? いや、まだ未成年だったっけ?」
「大丈夫ですよ。丁度1週間前にハタチになったんで」
「えーそうだったの。何だ言ってくれれば良かったのに。じゃあ今日は加藤ちゃんの誕生日会も兼ねて、パーといきますか」
「カキーン!!!!」
朝の5時頃。お酒を飲み過ぎてそのままテーブルの上にうつ伏せになって寝ていた綾乃は、大きなその打球音で目を覚ました。
「いっけない。私ったら寝ちゃって」
「加藤ちゃん、昨日はゴメンね。初めてお酒飲む子にあんなに飲ませちゃって」
弾の父親は、台所で料理をしながら綾乃に謝った。
「いいえ、私こそ」
「カキーン!!!!」
「あの安達さん、この音ってまさか」
「ああ、今弾が向こうで打ってるんだよ」
(ここで働き始めてから1か月以上経つけど、こんなすごい打球の音聞いの初めて。ていうか弾君、こんな朝早くから練習してるんだ)
「昨日のしゃぶしゃぶの残りで雑炊作ってるんだけど、加藤ちゃんも食べてく?」
「はい。少しだけ」
「じゃああと10分くらいでできるから、いい頃合いで弾の奴呼んできてくれないかな?」
「はい、わかりました」
綾乃は雑炊ができるまでの間、安達がピッチングマシンの球を打つ姿を後ろから見守っていた。
(あの動画の時よりも、打球の鋭さがさらに増している。きっと弾君だったら、将来すごい野球選手になってくれるはず)
「弾君、朝食ができるわよ」
「はーい。あと3球打ったら行きます」
(私、絶対に弾君のお嫁さんになってやる!)
「じゃあな親父。綾乃さんも」
「弾、始業式の時間は大丈夫か?」
「自転車飛ばせば、余裕で間に合うよ」
「弾君、野球頑張ってね」
「綾乃さん、今度会った時はデザートお願いしますよ。それじゃあ行ってきます」
安達は凄い勢いでペダルを漕ぐと、あっという間に2人の視界から消えていった。
「加藤ちゃん、デザートって何のこと?」
「いや、何でもないです」
(もう、弾君ったら。お父さんの前で言わないでよ)
一方その頃、安達は自転車を漕ぎながら綾乃のデザートのことを考えていた。
(ワ・タ・シ♡に続く、アイスでもなくてプリンでもなくて、ゼリーでもヨーグルトでもフルーツでもないデザートって何かな? ワ・タ・シ♡の手作りケーキ? それとも手作りクッキー? まっ、何でもいっか)
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