安達弾~打率2割の1番バッター~ 第17章 夏の甲子園決勝 龍谷千葉VS大阪西蔭⑪
「ボール!」
『143』
(思いっきり投げてこの球速か。もうストレートじゃ勝負できひんな)
「カキーン!」
ストライクゾーンの甘いコースに入ったもはや高速ではない千石の横スラを、清村兄はセンター前ヒットにした。
(この感じ、1年前にも見たような……まさか、千石の奴また肘をやってもうたか。いやいや、まだそう判断するには早過ぎる。もう少し様子を……)
「ボール!」
『137』
(ストレートが130キロ台って……やっぱり怪我で間違いないようやな。恐らく完投させてしまった前の試合が原因かもしれへん。クソっ、あの時無理にでも止めておけば)
頭を掻きむしりながら自分を責める戸次監督。
(あいつにとっては3年生最後の試合。本当なら最後まで投げさせてやりたいが、背に腹は代えられへん)
「浩一君、急いで肩を作ってきてください。浩二君も」
「はい!」
「ボール! フォア!」
2番バッターの小林にフォアボールを出す千石。
(あっ、万場兄弟がブルペンに向かった。ということは、俺は3番のこのバッターを最後にお役御免か。しゃーないな。今の状態じゃあ、龍谷千葉打線は抑えられへん。今の俺ができることといったら、もうこれくらいしかあらへんな)
「ボール!」
キャッチャーからの返球が返ってくると、肩をグルグルと回しながらゆっくりと投球間隔を取る。そして、牽制球を何度か挟んでからやっと2球目を投げる。
「ボール!」
(俺は何でいつも肝心な試合でこうなってしまうんやろな)
「ボール!」
(前の試合、8回でやめておけば、こうはならへんかったのかな)
「タイムお願いします!」
千石はタイムを取ると、ほどけていない両足の靴紐を結び直した。
(これだけ時間かれば、肩もできたやろ。万場兄弟、ノーアウト満塁なんて酷い状況で登板させて堪忍な。あとはよろしゅう頼むわ)
「審判、結び終わりました!」
「プレイ!」
(ワイにとっての高校野球最後の1球が、まさかこんな敬遠球になるとはな。無念や)
涙で滲む視界にぼんやりと映るキャッチャーめがけて、千石はラスト1球を放った。
「ボール! フォア!」
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません