安達弾~打率2割の1番バッター~ 第17章 夏の甲子園決勝 龍谷千葉VS大阪西蔭⑩

 1年前の夏の甲子園準々決勝。相手は今日と同じ龍谷千葉高校。その試合で先発ピッチャーとしてマウンドに上がっていた千石は、先頭バッターに先頭打者ホームランを打たれた。

(なかなかやるやないか。ほな、こっからは本気でいかせてもらいますわ)

 それ以降千石は、6回に入るまでランナーを1人も許さない完璧な投球を披露していた。

(このまま0行進で完投したるで)

 そんな千石に突如、悲劇が起こった。

「ボール!」

(なんや? 右肘に違和感が……)

「ボール!」

(球速が出えへん)

「ボール!」

(コントロールも効かへん。ワイの右腕、どないなってしもうたんや)

 千石はこの後、2者連続フォワボールを出して降板した。

「右肘の靭帯が損傷していますね。トミー・ジョン手術をするほど深刻ではありませんが、しばらくはしっかり休養してください。投球が再開できるようになった後も、球数は制限させてもらいます。もちろん、連投なんてもってのほかですからね」

 それから1年間、千石は1試合当たり100球以内で連投はしないという医者から言われた制限を守り抜いてきた。そのおかげか、球速やキレが日に日に増していき、怪我をする前よりも進化した投球ができるようにまでなっていた。

(ここ最近のワイ、絶好調やな。もう怪我の心配もないやろ)

 そして、3日前の準々決勝。8回を終えて球数は98球。いつもなら9回は投げないところだが、完全試合の記録ともう怪我の心配はないだろうという慢心が、千石に続投という道を歩ませてしまった。

「ストライク! バッターアウト!」

『162』

 ラスト1球で高校野球の最高球速を塗り替えての完全試合達成という偉業を果たした瞬間、千石は右肘に僅かな違和感を感じていた。しかし、久しぶりに100球以上投げて疲れただけだと自分に言い聞かせて、なるべく悪い方には考えないようにしていた。

「俺は昨日投げたばっかやし、どうせ今日は出番あらへんやろ」

「それはわからへんで……」

 決勝戦前に千石が百瀬に漏らしたこの言葉は、心の奥底に閉じ込めていた不安が、無意識の内に外にこぼれ出てしまったものだった。

「ストライク!」

『161』

「ストライク!」

『160』

「ストライク!」

『161』

「ストライク!」

『162』

 1回の表。先頭バッターの清村兄に対して、いきなり全力のストレートを4回連続で投げたのも、表向きにはチームを勢いづかせるためのようにも見えたが、実際は自分の右肘の不安を早く払拭したいという思いからだった。

 初回のピッチングで問題なく球を投げられることを確認した千石は、憑き物が落ちたかのような快投を3回まで続けていた。

(今日はこのチームで投げられる最後の試合や。悔いが残らんよう全力で飛ばしていくで)

 そんな矢先だった。打者が丁度1巡した4回表の初球。千石の右肘を、1年前と同じあの違和感が襲ったのは。