安達弾~打率2割の1番バッター~ 第15章 スカウトの旅⑧

(女将さんから漂う、優しい石鹸の香り。俺、女将さんのこと……)

「母ちゃんただい……」

(えっ、母ちゃん?)

 驚いた鈴井監督が声の方向に顔を向けると、野球のユニフォーム姿の体の大きな少年は、カバンとバットをその場に残して外に飛び出していった。

「ちょっと流星! 荷物くらいちゃんと部屋まで持っていきなさいよ。全く、困った子ね」

(流星? もしかしてあの子、俺がスカウトしたあの流星か。てことは……)

 全てを察知し、一気に酔いの醒めた鈴井監督は、慌てて女将さんから離れると、改めて挨拶する。

「申し遅れました。私、船町北高校の野球部で監督をやっておりまして、お宅の流星君を特待生にスカウトしに参りました」

「えー!」

 大きく目を見開きながら、口を両手で抑えて驚く女将さん。

「流星君にはすでに話をしてまして。それで、明日にでもお母さんにも話をしようと思っていたのですが、まさかここのお店の女将さんが流星君のお母さんだったとは。すみません。たった今、気が付きました」

「監督さん、流星のことよろしくお願いします」

「えっ、いいんですか?」

「あんな礼儀知らずな息子を、わざわざ特待生で招待してくださるなんて、願ったり叶ったりですよ。でも、本当にいいんですかあの子で?」

「息子さんは素晴らしい才能をもってます。将来的には、プロ野球選手も夢ではないですよ」

「本当ですか。うちの息子、去年くらいから試合に出してもらえなくなったって聞いていたので、てっきり才能がないんだとばかり」

「逆ですよ逆。才能が有り過ぎて、手に負えなくなったといったところです。でもうちの高校なら、流星君の才能を最大限まで伸ばしてあげられます」

「それじゃあ今日は、息子の門出を祝って飲み代はサービスしますね」

「ところで、流星君大丈夫ですか? さっきの私達を見て、何か誤解されたんじゃ」

「大丈夫ですよ。いつものことですから」

「いつものこと?」

「あの子、練習から帰ってきたあとも、荷物を置いたらまたすぐ出てって、その辺を1時間くらい走ってくるんです。なんでも、投手は下半身が命だからたくさん走り込んで足腰を鍛えるんだ、とか言ってました」

(なるほど。あの子があんな凄いストレートを投げられる秘密は、走り込みで鍛えた強靭な足腰からくるものなのかもしれないな)

「なら良かった。それでは、せっかくサービスしてくれるみたいなので、また飲み直しますか」

「監督さん、飲み過ぎじゃないですか」

「大丈夫ですよ。女将さん、水を1杯もらえますか?」

 コップに入れたお水を渡す女将さん。

「私には、コレがありますから」

 鈴井監督は、上着のポケットから沖縄酒豪伝説を1包取り出しと、コップの水で流し込んだ。

「それ、沖縄酒豪伝説ですよね。私も持ってます。すごい効きますよね」

 女将さんは割烹着のポケットから、沖縄酒豪伝説を1包取り出した。

「コップ、もらいますね」

 女将さんはそう言って鈴井監督が今飲んだばかりのコップを取ると、残っていた水でそれを流し込んだ。

「えっ? 女将さんどうしたんですか?」

 女将さんは一旦店の外に出ると、暖簾を外してまた戻ってきた。

「今日はもう閉店。監督さん、今夜は2人で、とことん飲み明かしましょ」