安達弾~打率2割の1番バッター~ 第15章 スカウトの旅⑦

「いらっしゃいませ」

 鈴井監督がお目当てのお店の暖簾を潜ると、白い割烹着姿の女将が笑顔で向かえてくれた。

「カウンター席にどうぞ」

 全部で5席しかないカウンターと、小上がり席が1つあるだけの小さなお店。平日の開店直後だったこともあり、まだ他に客はいなかった。

「取り合えずビールで」

「はい、かしこまりました」

 手際く良く準備をする女将。厨房から、コトコトと何かを煮込む音といい香りが漂ってきた。

「お待たせしました。ビールと、お通しの煮込みです」

 山盛りのネギが盛られた、しっかりと味の染み込んだモツの煮込みを頬張りながら、ゴクゴクとビールを流し込む鈴井監督。

「プハーうまい。女将さん、この煮込み最高ですよ」

「ありがとうございます。お兄さんは、本州からいらしたんですか?」

「ええ、千葉から」

「本当ですか。実は私、出身は千葉なんです」

「えーそれは奇遇ですね。ああ、だから沖縄弁じゃないんですね」

「こっちにきてからもう15年経つんですけど、沖縄弁はなかなか覚えられなくて」

 女将さんとの会話と料理をつまみにして、ハイペースでお酒を飲み進める鈴井監督。

「いい雰囲気のお店ですね。女将さんも美人だし」

「あら、こんなおばさんを捕まえて。お世辞がうまいわね」

「おばさんだなんてとんでもない。まだまだ若いでしょ」

「もう今年で35ですよ。四捨五入したら40。あーもういやんなっちゃう」

「35歳! 僕と同い年じゃないですか。奇遇ですね」

「えー見えない。まだ20代かと思ってました」

「女将さんこそ、20代って言ってもまだまだ通じますよ」

「えー本当?」

「いや、大学生でも通じるかな」

「それは言い過ぎ。お兄さん、酔ってるでしょ」

「ええ酔ってますよ。女将さんの美貌にね」

「やっぱり酔ってる。ほらほら、水でも飲んで酔いを醒ましてくださいな」

 コップに入ったお水を渡す女将。それを一気に飲み干す鈴井監督。

「ちょっとトイレ借りますね。トイレトイレっと」

「お兄さん、トイレはそっちじゃなくてこっちですよ」

 女将さんが鈴井監督の元に駆け寄ろうとしたその時、酔った鈴井監督が転びそうになる。

「危ない!」

 転びそうになった鈴井監督を、間一髪で抱きかかえて助けた女将さん。その直後、お店の暖簾から野球のユニフォームをきた体の大きな少年が入ってきた。

「母ちゃんただい……」

 少年は思わず、持っていたカバンを落とした。無理もない。自分の母親が、ついさっき自分をスカウトしてくれた監督と抱き合っていたのだから……。