安達弾~打率2割の1番バッター~ 第14章 新体制スタート⑧

「コンコン、失礼します」

 理事長室へと入る鈴井監督。

「おお鈴井監督。一昨日の試合は惜しかったね。もう少しで甲子園だったのに」

 高級そうな黒皮の椅子に腰かけて、二重アゴをプルプルと震わせながら話す理事長。

「甲子園出場を逃してしまい、申し訳ありません」

「いやいや、別に責めるつもりで言った訳じゃないんだがね」

「ですが理事長、良いニュースもありますよ。なんと黒山だけでなく、白田と水谷もプロ入りが決まりそうです」

「おーそれはすごいですね。我が校からプロ野球選手が3人も出るとは。これはいい宣伝になりますぞ」

「そこで理事長、お願いがあるのですが?」

「なんだね」

「来年も特待生枠を認めてはもらえないでしょうか?」

 さっきまでにこやかに話していた理事長の顔が、急に強張った。

「鈴井君、私が去年特待生枠を認めたのは、甲子園出場が狙える状況だったから特例で許可したのだ。しかし、今の野球部はどうだ。プロ入りの決まったピッチャー3人が抜けて、もう甲子園出場なんて無理なはずだ。そんな将来性のない部活に、これ以上予算を出す訳にはいきませんね」

「将来性ですか。お言葉を返すようですが、今のうちの野球部は、将来性で満ち溢れています。安達、入ってこい」

「コンコン、失礼します」

 鈴井監督の呼びかけで、安達が入室した。

「彼は去年、特待生枠でスカウトした安達君です。先日の大会ではホームラン10本を打つ大活躍をみせ、決勝戦では全打席敬遠されるほど相手チームからも恐れらるとんでもない逸材です。きっと将来のプロ入りは間違いないでしょう」

「確かに凄いですが、いくら彼1人が活躍したところで、やはり甲子園は無理でしょう。せめて、黒山君のようなエースピッチャーが最低でも1人はいてくれないと」

「理事長、それがいるんですよ。川合、入ってこい」

「コンコン、失礼します」

 鈴井監督の呼びかけで、川合が入室した。

「見て下さい。この恵まれた体格を。彼は中学時代にチームのエース(アタッカー)として(バレーボールの)全国大会に出場し、優秀選手に選ばれたほどの逸材です。ホームランバッターの安達、そしてエースの川合、この2人がいるうちの野球部は、来年か、最低でも2人が3年生になる再来年には、必ず甲子園出場を果たすでしょう。しかし、エースの川合君1人に無理をさせてしまえば、甲子園には出場できたとしても将来のプロ野球選手候補の肩を壊してしまうかもしれません。そこで、今年の特待生枠でもう1人優秀なピッチャーをスカウトしてくることで、川合君の肩の負担を減らして、より甲子園出場と川合君のプロ入りを盤石なものにしたいのです。理事長、お願いします。どうか特待生枠を認めて下さい!」

「君の熱意には負けたよ。わかった。じゃあ特別に、来年と、あと安達君と川合君が3年生になる再来年分までの特待生枠を認めよう。ただし、その2年の間に甲子園出場ができなければ、特待生枠を廃止するだけでなく、君には監督を辞めてもらう。それでもよろしいかな?」

(げっ、監督を辞めてもらうだと。やばいぞ。この展開は予想してなかった。だが、この話の流れで断る訳にもいかないし……)

「はい!」

 こうして、鈴井監督の巧みな(ずる賢い)交渉術によって、船町北高校野球部は、来年だけでなく再来年分までの特待生枠を勝ち取ることに成功した。