安達弾~打率2割の1番バッター~ 第14章 新体制スタート①
一晩中ヤケ酒をして、そのまま眠ってしまった鈴井監督。目を覚ましたのは、監督室の窓に日の光が差し込んできた早朝だった。
(やべっ、そのまま眠っちまったか。早く帰らないと)
簡単に支度を済ませて外に出た鈴井監督。グラウンドの横を通り過ぎようとしたその時、誰か人がいることに気が付いた。
(今日は部活休みにしているはずなのに。誰だこんな朝っぱらから)
そのグラウンドにいた人は、1塁から2塁へと走りながらスライディングをして、1塁まで小走りで戻ると、また2塁へと走り出してスライディングをするという行動を繰り返していた。
(盗塁の練習か。一体誰がやっているんだ?)
鈴井監督は、もう少しグラウンドに近付いていきながら目を凝らした。
(あれは……安達か!)
その時、安達が鈴井監督の存在に気が付いた。
「監督! どうしたんですかこんな朝から」
「それはこっちのセリフだ。今日は練習休みだぞ」
「昨日の試合のことが頭から離れなくて。僕、全然活躍できなかったじゃないですか」
「何言ってんだ。全打席敬遠で出塁したんだから、十分な活躍だろ」
「敬遠なんてされているようじゃダメなんです」
「えっ? ちょっと何言ってるかわからないんだが」
「ほら、僕が敬遠されるってことは、それだけ塁に出しても怖くないランナーだってことですよね。だから、例えば清村兄とか星先輩みたいな盗塁をバンバン成功させる怖いランナーに僕もなれたら、もう敬遠なんてされずにまた勝負してもらえるんじゃないかと思って」
(敬遠されるってことは、それだけ打者としての実力を認められたということだ。普通ならそれだけで満足してしまうところだが……安達はそれだけでは飽き足らず、さらなる高見を目指してるのか。なんて向上心だ)
「そしたらまたホームラン打ちまくって、今度こそ甲子園に出場してやるって昨日誓ったんです。そしたら、居ても立っても居られなくなっちゃって。それで、早速盗塁の練習を始めたんです」
(甲子園出場……俺は昨日負けた時点で、黒山、水谷、白田という3人が引退したうちのチームでは、もう甲子園は無理だと諦めてしまっていた。でもこいつは、昨日負けたばかりだというのにもう前を向いて走り出している。選手が甲子園を諦めていないというのに、監督の俺が真っ先に諦めてたら示しがつかないな。ようし、今の戦力で甲子園を目指すのが難しいことは百も承知だが、やれるだけのことはやってみるか)
「安達! 良い心がけだ。だが怪我だけは気を付けろよ」
鈴井監督と安達がそんなやり取りをしていた頃、監督室とグラウンドとは逆方向に位置する野球部の練習場では、やたらと図体のでかい男が、ただ1人黙々とピッチング練習をしていた。
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