安達弾~打率2割の1番バッター~ 第13章 決勝戦 船町北VS龍谷千葉㊷
決勝戦が終わった夜。船町北高校野球部の寮の食堂で予定されていた祝勝会は、龍谷千葉高校に負けたことで残念会に変わっていた。
「さあみんな、いっぱい用意したらじゃんじゃん食べなさい」
そう言って元気に振る舞う寮のおばちゃんとは対照的に、選手達と監督は誰1人笑顔を見せないまま、ただ黙々と食事をしていた。
(俺のせいだ。最後の投球で、ちゃんとサードランナーを警戒して投げいれば。いやそもそも、清村兄を出塁させなければ、あんな点を取られなかったんだ。ちくしょう、俺はエース失格だ)
黒山は、自分の不甲斐なさを責めながら、鶏の唐揚げを頬張っていた。
(あの時、なんでワインドアップなんてやらせてしまったんだ。サードランナーはあの清村兄だぞ。ホームスチールの可能性をちゃんと頭に入れておくべきだった。ちくしょう、俺はキャッチャー失格だ)
鶴田は、自分の不甲斐なさを責めながら、エビフライを頬張っていた。
(9回の打席、俺は進塁打を打てただけで満足してしまっていた。でもあの時、もしも俺が出塁できていたら、黒山と安達が両方敬遠されることもなかったし、絶対得点できていたはずだ。それに9回裏の守備だって、打ち取った当たりだったのに俺の守備のせいで清村兄の出塁を許してしまった。ちくしょう、もっと俺に力があれば)
福山は、自分の不甲斐なさを責めながら、ハンバーグを頬張っていた。
(今日の決勝戦、1番の戦犯は間違いなくこの俺だ。チャンスが何度も回ってきたのに、結局1度も打てなかった。そもそも俺にもっと力があれば、前を打っている安達があんな露骨な敬遠策を取られなかったんだ。ちくしょう、俺はなんて無力なんだろう)
新垣は、自分の不甲斐なさを責めながら、鶏の唐揚げとエビフライとハンバーグを乗せたオリジナル丼ぶりを頬張っていた。
このように、各々が自分を責めながら暗い表情で、まるでお通夜のような雰囲気で食事を進める中、2人だけ必死に笑顔を我慢している部員がいた。
(まさか俺が)
(プロになれるなんて)
この残念会が始まるほんの数分前、鈴井監督に呼び出されたのは水谷と白田だった。
「ついさっき千葉GuMマリーンズのスカウトさんから電話がきたんだが、お前達2人と話がしたいそうだ。どうやらドラフト指名を検討しているらしいぞ」
同じチーム内にいる黒山が凄すぎるせいで、プロ野球なんて自分達とは縁のない存在だと思い込んでいた2人にとって、それは青天の霹靂だった。本当なら、大騒ぎして喜びを爆発させたいところだったが、決勝戦で負けたばかりのお通夜状態の中でそんな空気を読めない行動ができるほど、2人の神経は図太くなかった。
残念会が終わり、寮で生活している部員は自分の部屋へ、自宅から通っている部員は家へと帰っていく。1人残った鈴井監督は、寮のおばちゃんに頼んで余り物を適当に見繕ってタッパ―に詰めてもらうと、それを持って監督室に向かった。席に着くと、机の引き出しの奥に隠していた一升瓶を取り出た。
(本当は、祝い酒にする予定だったんだけどな)
鈴井監督は、タッパーに詰められた魚の煮物や野菜の天ぷらなどをおかずにしながら、1人ヤケ酒を始めた。
(プロ入りできるレベルの投手を3人も要していながら、あいつらを甲子園に連れていくことができなかった。うちのチームが甲子園出場を狙えるとしたら、あの3人がいるこの夏が最後のチャンスだったのに。俺は、監督失格だ)
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