安達弾~打率2割の1番バッター~ 第13章 決勝戦 船町北VS龍谷千葉㊳
「総一……」
(監督、俺はまだ打ちたいんだ。やめてくれー)
「黒山のノーヒットノーラン、お前が止めてやれ!」
森崎監督からの予期せぬ激励に、清村兄は一瞬戸惑ったあと、元気に返事をした。
「はい!」
「ストライク! バッターアウト!」
9番バッターの村沢も、三振に抑えられた。
この時点で、黒山が奪ったアウトは26個。その内三振は23個。今日の黒山から点を奪うのはもはや不可能。そう誰もが思ってしまうほど、圧倒的な投球内容だった。
9回裏2アウトランナーなし。このまま延長戦へ突入すると誰もが思う中、打席に立つ清村兄と、ネクストバッターズサークルで準備をする代打の切り札桧川は、この回でのサヨナラ勝ちを真剣に狙っていた。
(この回で俺が塁に出れば、盗塁で3塁まで狙える。そうすれば、桧川先輩のどんな形のヒットでも点が奪える。うちのサヨナラ勝ちだ)
当然、黒山鶴田バッテリーも、その危険は十分理解していた。
(清村兄を塁に出すのは危険だ。黒山、最初から全力で抑えにいくぞ)
初球、黒山は大きく振りかぶって全力で球を投じる。
「ストライク!」
真ん中高めの甘いコース。しかし、清村兄のバットはその球を全く捉えられない。電光掲示板には、158キロと表示されている。
(ダメだ。こんな甘いコースでも、速すぎて打てる気がしない)
清村兄が弱気になったその時、龍谷千葉ベンチからの声援が耳に入ってきた。
「兄ちゃん! リラックスリラックス!」
(リラックスか……そういえば今日の試合、最初からずっと、バッティングに余計な力が入り過ぎてたかもな。無理もない。俺にとっては初めての夏の甲子園出場がかかった大事な試合だ。俺はそういうプレッシャーとは無縁の性格だと思っていたが、知らず知らずのうちに固くなっていたのか)
清村兄はゆっくりと深呼吸をして、体の力を抜いた。
(総次郎、気付かせてくれてありがとう)
2球目、黒山は再び大きく振りかぶって全力で球を投じる。球は左バッターの清村兄の体に当たりそうな軌道を描いている。
(危ない!)
キャッチャーの後ろからその様子を見ていた球審は、一瞬そう思った。しかし、途中から急激に軌道が外角方向へと鋭く変化していくのを見て、球審はホッと胸をなで下ろした。
球審の見立てとは裏腹に、清村兄は直感的に黒山の投球がカットボールであることを見抜いていた。
(さっきはよくも俺の弟にその球当ててくれたな!)
弟が当てられて怪我をした、あの憎き黒山のワインドアップからの全力カットボールの軌道を、兄である総一が忘れるはずがなかった。
「カキーン!!」
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