安達弾~打率2割の1番バッター~ 第13章 決勝戦 船町北VS龍谷千葉㉝

 完璧なスタートだった。2回の牽制球と1回の投球を見ただけで、相手のモーションを完全に盗んだ星の盗塁技術は、高校生離れしていた。しかし同時に、セカンドへと送球するキャッチャー馬場の肩もまた、高校生離れしていた。

『アウト』

 セカンドが球を捕球した瞬間、まだ星のスライディングした足はベースに届いておらず、タイミング的にはアウトだった。しかし、セカンドが捕球した位置は、地上から約2メートル離れていた。セカンドが捕球してから、ミットをベース付近に叩きつけるまでのほんのわずかな間に、スライディングした星の足は、ベースに到達していた。

「セーフ!」

(くっそー送球が高めに浮いてなければ、絶対刺せたのに。試合にしばらく出られていなかったブランクが、ここにきて響いたか)

(危ねー刺されるところだった。完璧にモーションを盗んだはずなのにな。あのキャッチャー、下手したら清村弟以上に肩が強いかもな)

 ノーアウトランナー2塁。カウント1ボール1ストライク。この場面でバッターの福山は、心の中で呪文のように同じ言葉を唱えていた。

(右方向、右方向、右方向……)

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 この決勝戦が始まる前夜、福山は鈴井監督にある相談をしていた。

「僕の打順、下位打線に下げてくれませんか?」

「どうした急に?」

「僕の打順が2番に上がった頃は、調子が良くてヒットも結構出てました。でも、大会に入ってからというものの、僕の打率はチーム最下位まで落ちてしまいました。こんな僕が2番にいては、チームに迷惑をかけてしまいます」

「なあ福山、俺がどうしてお前を2番にしたかわかるか?」

「どうしてって、あの頃バッティングの調子がよくてヒットをよく打ってたからですよね」

「確かにそれもあるが、俺はお前の右方向へのバッティングを買って2番にしたんだ」

「右方向?」

「お前は右バッターにも拘わらず、逆方向の右へのヒットの方が圧倒的に多いんだ」

「言われてみれば、確かにそうかも」

「例えば1番の星が出塁して、盗塁で2塁まで進んだといった状況の時、ノーアウトか1アウトの場面では、もちろんヒットが出るのが1番だが、最低でも右方向にゴロを打って3塁までランナーを進めてくれる。そんなバッターが、このチームにとって理想の2番バッターなんだ。確かにここ数試合、ヒットはあまり出ていないようだが、その分キッチリ右方向への進塁打を打ってくれている。だから明日も2番は福山、お前に任せたぞ」

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(例えヒットは打てなかったとしても、星を絶対に3塁まで進めてやる。右方向、右方向、右方向……)

 福山に対する村沢の3球目は、少し外角寄りのコースへの落ちる癖球だった。

(右方向、右方向、右方向!)

「カキーン!!」