安達弾~打率2割の1番バッター~ 第13章 決勝戦 船町北VS龍谷千葉㉜

(ピッチャーにとってフォアボールは、時にはヒットを打たれる以上のダメージを食らうもの。それが18球も投げさせられた後の四球なら尚更だ。村沢には何とか気持ちを切り替えてもらわないとな)

 キャッチャーの馬場はタイムを取ると、村沢に一呼吸おいてもらおうとマウンドに向かう。

「このフォアボールはお前の責任じゃない。三振を取りにいこうとして、お前のコントロールが安定していないと事前にわかっていたにも関わらず、相手に粘られて我慢できずにスライダーのサインを出してしまった俺の責任だ。すまない。まあここは素直に、18球も粘った相手を褒めよう。それでこれからの話だが、お前はとにかくバッターに集中してくれ。星は足があるから盗塁を狙ってくる可能性も高いが、ここは俺に任せろ。総次郎に比べてリード面とか色々不安はあるかもしれないが、そんな俺にも1つだけ、総次郎よりも上回っているものがある。肩の強さだ。だから安心して、バッターだけに集中して勝負するんだ。おい村沢、聞いてるか?」

「……あっ、はい。大丈夫です」

(やばいな。大分疲れている。この回までは投げてもらおうと思っていたが……慎重に判断しないとな)

 ノーアウトランナー1塁。打席に2番バッターの福山が上がったところで、ファーストランナーの星は大きなリードを取った。

(おいおい、何だよそのリード。大き過ぎるだろ。さっき村沢にバッター集中とか言ったそばから申し訳ないけど、ここは牽制入れとかないとダメだな)

 牽制のサインを出す馬場。牽制球を投げる村沢。

「セーフ!」

(くそ、刺せなかったか。まあしょうがない。村沢は実戦の経験が浅い。ランナーを刺すような本格的な牽制球を投げるのは、意外と難しい技術だからな。まっ、刺せないまでもこの牽制で少しでもリードを小さくしてくれれば、それで十分だ)

 しかし星は、この後リードを小さくするどころか、もう半歩分だけ大きなリードをした。

(くっそー舐めやがって。村沢、もう1回牽制だ)

 牽制のサインを出す馬場。牽制球を投げる村沢。

「セーフ!」

(この野郎、アウトにならないギリギリの位置を計算してリードしてやがるな。だがあそこまでの大きなリードを取ってしまうと、戻る方に意識を全集中しなくてはならなくなる。となればその分、盗塁のスタートは遅れるはず。よし、もう牽制はやめにしよう)

 相変わらず大きなリードを取り続ける星を無視して、馬場はど真ん中にスライダー気味の癖球のサインを出した。

「ストライク!」

(ほら、やっぱりスタートは切らなかった。きっとあの大きなリードは、ピッチャーの集中力を少しでも削ぐことが目的だったんだろうな)

 2球目、今度はストレートのサインを出して、ど真ん中にミットを構えた馬場だったが、そこから村沢が投球動作を始める刹那、馬場の横目にはさっきよりもリードを小さくしている星の姿が映った。

(リードを小さくしたということは……逆に怪しい)

 馬場は咄嗟にミットの位置を、送球がしやすい外角高めへとずらした。そして、村沢が投球動作を始めた瞬間、星はスタートを切った。