安達弾~打率2割の1番バッター~ 第12章 夏の甲子園千葉大会開幕⑤

(船町北が勝ったか。良かった良かった。おかげで甲子園千葉大会の決勝戦という大舞台で、思う存分春の大会で6点しか取れなかったあの日の屈辱を晴らすことができる。それにしても、千葉修道は情けないな。かつてはうちのような攻撃型野球でうちと甲子園出場を争っていた強豪校だったのに、まさかの無失点か。今年はそこそこ活躍しているようだったから密かに注目していたが……落ちた古豪ってとこだな)

「さあお前ら、船町北を決勝でコテンパンに叩きのめす前に、前座の三街道狩りといこうぜ!」

「はい!」

(船町北強いな。エースの黒山君を温存しても無失点か。打線の方もうちと春の大会で対戦した時よりも成長している。だが、成長しているのはうちのチームだって同じだ。春の大会で負けた借りを返すため、そして何よりも甲子園に出場するため、絶対にこの準決勝は負けられない)

「みなさん、相手は絶対王者の龍谷千葉高校です。対するうちは、ピッチャー1人でなんとか勝ち進んできた無名校。普通に考えたら誰しもが龍谷千葉が勝つと思うでしょう。しかし、龍谷千葉高校の関係者ならともかく、普通の一般観衆は番狂わせを望んでいるものです。今日はその一般大衆を味方につけて、番狂わせを起こしてやりましょう」

「はい!」

 夏の甲子園千葉大会準決勝第2試合。龍谷千葉VS三街道の試合が始まった。

 龍谷千葉高校スターティングメンバー

 1清村兄(遊) 2小林(右) 3鈴木(左) 4清村弟(捕) 5田中(中)

 6西村(二) 7斎藤(一) 8片岡(三) 9山田(投)

 三街道高校スターティングメンバー

 1堀川(二) 2佐々木(三) 3角田(右) 4吉村(遊) 5飯田(一)

 6太田(捕) 7高木(中) 8細田(投) 9野々村(左)

 1回の表。龍谷千葉の攻撃。

(この細田とかいうピッチャー。準決勝までの6試合をたった1人で投げ切り、防御率は2.50。高身長から繰り出される角度のついたストレートとカーブは確かに打ちづらそうだが、映像を見る限りそこまで脅威には感じなかった。第一、うち以外のチームに平均2.5得点もされているようじゃうちの打線は抑えられないぜ)

 先頭バッターの清村兄は、この時点ではまだ細田のことを過小評価していた。

 初球。外角へのストレート。見逃しのストライク。

(速い! 確かこの大会中の細田の球速は、最高でも140キロ前後だったはずだが)

 清村兄は、電光掲示板に表示された球速を確認した。

(149キロだと! まさか……準決勝にくるまでこのピッチャー、本気を出していなかったのか?)

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「いいですか細田君。7割です。準決勝で龍谷千葉と当たるまでは、7割の力で投げなさい」

「7割ですか。うーん……監督、それで準決勝まで進めますかね?」

「進めなかったとしたら、それがうちの実力だったと思って諦めるだけです。うちが甲子園に出場するためには全部で8試合に勝たなくてはなりません。しかも、終盤に近付くほど日程も相手チームの実力もハードになっていきます。つまり、うちが勝ち抜いていくためには相手があまり強くない序盤から中盤までの試合でいかに細田君の体力を温存しながら勝てるかが大事なのです」

「なるほど」

「できれば序盤のうちに龍谷千葉か船町北と当たっておきたかったのですが、誰かさんのせいで準決勝と決勝という1番過酷な日程でその2校と対戦しなくてはいけなくなりました」

「すみません」

「太田君、抽選の失敗を挽回するためにも、細田君のリードをしっかり頼みますよ。7割の力でもコントロール重視でうまくリードすれば、最少失点で抑えられるはずです」

「はい。頑張ります」

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 2球目、外角低めへのストレート。ミートのうまい清村兄が、珍しく空振りした。

「ストライク!」

 電光板の球速は、151キロと表示されていた。

(151キロだと! さらに上げてきたか。この速さに加えて角度までついてくるとなると、さすがの俺でも1打席目で捉えるのは難しいな。ならば……)

 清村兄はこの打席、ストレートを捨ててカーブに山を張ることにした。

(そろそろカーブがくるとか考えてそうだな。ならその逆をつくぜ)

 3球目。キャッチャー太田の出したサインは、清村兄の狙いの逆をついたストレートだった。

「ストライク! バッターアウト!」

 清村兄は、細田の見事な投球と太田の巧みなリードによって、この大会を通じて初めての三振を喫した。