安達弾~打率2割の1番バッター~ 第12章 夏の甲子園千葉大会開幕④
直前までアンダーとオーバーの見分けがつきづらいフォームに加えて、準決勝まで隠し通してきたカットボールの解禁により、千葉修道打線は春の大会に続いてまたもや水谷の投球に翻弄されていた。
「みんな落ち着け! カットボールがなんだ! じっくり球を見て冷静に打つんだ!」
そんな伊藤監督のアドバイスを受けたあとも、千葉修道打線が打ったヒットは単打のみの2本。水谷は5回までを無失点に抑えた。一方の船町北打線は、下位打線からヒットが繋がり星、福山の連続タイムリーヒットで2点を追加していた。
6回の表。ピッチャーが水谷から白田に交代した。
(やっと交代してくれたか。水谷の投球はちょっと想定外だったが、白田なら打ち崩せるはずだ。まだ3点差。ここから十分逆転のチャンスはあるぞ)
そんな淡い期待を抱いていた伊藤監督だったが、落ち始めが遅いフォークボールを引っかけていきなりアウトになった9番バッターを見て、その表情は曇った。
「フォークボール、直前で落ちてくるから気を付けろよ」
打席に上がる直前、そんなアドバイスをもらって打席に立った1番バッターも、内角や外角の厳しいコースばかりを攻めてくる白田に追い込まれ、最後は前のバッターと同じようにフォークボールを引っかけてアウトとなった。鈴木監督の表情はさらに曇る。
前の2人の打席を見て、フォークボールがくる前に早めに勝負しようと決めた2番バッターは、山を張っていた初球の外角へのスライダーをヒット。続く3番バッターも内角へきたシュートをうまくさばいてヒット。2アウトながらランナー1,2塁のチャンスを作った。そして4番バッターの真山元太に打席が回る。
「元太! ホームランだ!」
さっきまで暗くなっていた鈴木監督も、すっかり元気を取り戻していた。
(フォークには手を出さない。スライダーに山を張って勝負だ!)
そんな真山に対して、白田は初球からいきなりスライダーを投げてしまう。
(ラッキー! しかもど真ん中! 絶対打ってやる!)
しかし、ど真ん中にくるかと思われたスライダーはそこからさらに変化して、外角ギリギリへのストライクボールとなった。
(今のスライダー、曲がり過ぎじゃね? いや、普通に考えてあんな曲がり方するはずがない。きっと風かなんかの影響で偶然曲がり過ぎただけだよな?)
2球目。外角から外に逃げるスライダー。ボール。
(良かった。白田のスライダーはこれくらいしか曲がらないはずなんだよ。さっきのはやっぱり何かの偶然が重なっただけだな)
3球目。内角低めへのフォーク。見逃しストライク。
(なるほど。春の大会で見たフォークと比べて落ちるタイミングが変わったな。直前までストレートだと思ったぜ。やはりこのフォークは危険だ。普通にスライダーを狙おう)
4球目。白田の投じた球は、真山の体にぶつかりそうなコースへ向かっていた。
(危ない!)
真山はとっさに後ろに倒れながら避けた。
(危ねーな。気を付けろよ!)
「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」
(えっ? 今のがストライク? ちょっと待てよ! おかしいだろ!)
本来なら許されないことだが、何が起こったかわからず混乱していた真山は、思わず審判に抗議をした。
「あの、今のがなんでストライクなんですか?」
「ああ、君は倒れてたから見えてなかったのか。あのあと凄い変化をしてストライクゾーンまで曲がってきたんだよ。ほら、初球のスライダーみたいな感じでね」
(ということは、あの初球のスライダーも今のスライダーも狙って投げたってことかよ。あんなお化けスライダー、データにはなかったはずなのに)
打ち取られた真山以上に、鈴木監督も動揺が隠せなかった。
(水谷といい白田といい、なんであんな切り札を隠し持ってやがるんだ。これじゃあまるで春の大会の時と同じじゃないか。ということはこのままいくと……)
その鈴木監督の予想通り、千葉修道打線は最後まで白田を打ち崩すことができないまま、春の大会と同様、船町北に完敗した。
千葉修道 0-6 船町北
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