安達弾~打率2割の1番バッター~ 第11章 夏の甲子園に向けて②
西暦2016年。6月11日。大阪西蔭との練習試合から1週間後。
船町北高校野球部のグラウンドでは、練習試合が行われていた。相手は茨城からやってきた強豪、筑波東学園。去年の夏の甲子園では県大会で準優勝している。
この日の先発は黒山。1週間前に潰した人差し指のマメはすっかり治っていた。
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練習試合前日。黒山、水谷、白田の投手3人とキャッチャーの鶴田、そして鈴井監督による話合いが行われていた。
「明日は筑波東学園との練習試合を2試合行う。初戦の先発は黒山に投げさせる予定だが、お前前回の試合でマメを潰したらしいな」
「すみません監督。どうやら新しく覚えたばかりのカットボールを投げ過ぎたのが原因みたいです」
「なら明日の練習試合はカットボールの球数を制限した方がいいかもな。鶴田はどう思う?」
「僕も賛成です」
「いや、ちょっと待ってください。明日は逆に、全球カットボールでいかせてもらえませんか?」
「はあ?」
「黒山、お前何言ってんだよ」
「実は俺、昔スライダーを覚えた時も、最初の頃はよくマメを潰してたんです。でも潰すたびに少しずつ皮膚が固くなっていって、3回潰した頃にはすっかりマメができなくなりました。なので今回のマメもあと2回くらい潰せばもうできなくなると思うんですよね」
「つまり、わざとマメを潰すために明日は全球カットボールで投げたいと?」
「そういうことです。危険な賭けかもしれませんが、夏の甲子園で優勝するためにはあのカットボールをマメを気にせず自由に投げられるようにしておきたいんです」
「わかった。ただし、マメが潰れたらすぐに交代すること。いいな?」
「はい!」
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茨城の強豪校相手に、全球カットボールという縛りプレイ。普通のピッチャーなら大量失点を食らう所だが、黒山は6回を投げ終えて被安打3の無失点に抑えていた。
「相手はカットボール1本しか投げとらんのにいつまで手こずっとるんじゃ! もっと気合を入れんか!」
筑波東学園の柳沢監督は苛立ちを隠せずにいた。
そして7回の表。バッターを1人打ち取ったところで、黒山はタイムをかけた。
「鶴田、やったぞ。狙い通りマメが潰れた」
「マメが潰れて喜ぶって、なんかシュールだな。じゃあ早速打ち合わせ通り交代するか」
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「マメに限らずだが、甲子園というのはアクシデントがつきものだ。もしかしたら回の途中で緊急登板してもらう機会もあるかもしれない。そこでだ。明日の初戦では水谷と白田には回の途中で登板してもらう。リリーフ登板の場合、審判によっては準備ができるまで投げさせてもらえることもあるが、基本的には1分以内で最大8球しか投球練習ができない。そんな制約の中でいかにバッターを抑えるか。明日はその練習をしてもらう」
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7回の表1アウト。ここで黒山に代わって登板したのは水谷だった。
(俺のアンダースローは変化球のコントロールが生命線。だから登板前には4種類の変化球を最低でも5球ずつ、合計で20球以上は投げとかないとベストなピッチングができない。8球じゃ全然足りない。ならば……)
水谷は投球練習の8球を全て、オーバースローから投球した。
(ストレートとチェンジアップしか投げれなかった以前の俺なら、オーバースローだけで抑えるのは厳しかった。でもここに新しく覚えたカットボールを加えれば……)
水谷は最初のバッターをチェンジアップで内野フライに、そして2人目のバッターはカットボールで内野ゴロに打ち取った。
(よし、抑えれた。俺のカットボール、百瀬や黒山のと比べると変化は少ないし地味だけど、ゴロを打たせるには丁度いい球だな。これはかなり使えるぞ)
「どんまいどんまい! さっきのピッチャーと比べたら球速も遅いし打てるぞ!」
そんな檄を飛ばしていた柳沢監督だったが、8回からオーバースローに加えてアンダースローも混ぜ始めた水谷の投球に対して、打線も柳沢監督も完全に沈黙した。
一方の船町北打線はというと、安達のホームラン2本を含むチーム全員安打で6得点を奪っていた。
そして9回表。水谷は監督の指示で先頭バッターにわざと2球連続ボール球を投げた後、白田に交代した。
(ノーストライク2ボールからの緊急登板か。監督も意地悪だな。ここはどうしてもストライクが欲しい場面だし、間違ってもあの曲がり過ぎるスライダーだけは投げられない。とりあえずコントロールに1番自信のあるスライダーを中心に練習しておくか)
白田はスライダーを4球、そしてシュートとフォークを2球ずつ練習してから登板した。
初球、内角ギリギリを抉るスライダー。
「ストライク!」
2球目、外から外角低めギリギリに入るスライダー。
「ストライク!」
(よし、追い込んだ。白田の奴、スライダーのコントロールは完璧そうだな。これなら次の対戦のことも考えて遊び球でシュートも投げさせておくか)
3球目、外角の外に外れるシュート。
「ボール!」
(ちょっと高めに浮いたか。まだ制球に不安が残るな。さて、ラストボールはどうする? 無難なのはコントロールが信頼できるスライダーだが、すでに2球見せちゃってるし……ここはあの球しかない)
4球目、白田の投げた球はフォークだった。投球練習が少なかったこともあり高めの甘いコースにいってしまったが、バッターは芯で捉えることができず内野ゴロに終わった。
(以前の白田の落ち始めが早くて見極められやすいフォークなら甘いコースにくると打たれることが多かったが、今の新しいフォークなら多少甘く入っても芯を外しやすい。コントロールが安定しない緊急登板時にはもってこいの球だな)
その後も、スライダーを中心にストライクを稼いで、追い込んでからフォークで打ち取るというパターンで打者を打ち取っていき、白田は1人のランナーも許さないままこの回を投げ切った。
こうして、練習試合の初戦は船町北高校の圧勝で幕を閉じた。
筑波東 0-6 船町北
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